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魔女|掌編小説

「いらっしゃい」

 魔女は玄関から一直線にカウンターに向かって来る。この店に魔女が来るのは久々だ。

「地図を頂けないかしら」

 魔女は少し口角を上げた。微笑んでいるようにみえるが、目つきは鋭い。警戒心を解く気はないらしい。
 年齢は200、いや190歳といったところか。若いが左手に持っている杖は上級用だ。きっと優秀な魔女なんだろう。

「地図だったら、町の入口の観光案内所でもらえるはずですが」
「ええ。私がほしいのは、少し特殊な地図で」
「特殊な……ですか」

 俺は右手の5本の指を広げ、力を込めた。そして、うろ覚えの呪文を詠唱する

 ――ヴィネス・イー・シン・カー……

「失礼ね」
「このまま帰って頂けると、大変ありがたいんですが。これをやると、店が壊れるかもしれないので」

 魔女を睨みつけたまま、呪文の詠唱を再開する。

「それ、ルカに習ったの?」
「え?」

 ルカという名前を聞いた瞬間、反射的に左手を下げた。それを見て、魔女は「ふふ」っと笑う。

「私、レモンソルトの町から来たの」
「あー、そういうことですか。失礼しました」

 ――ルカの知り合いなら、最初からそう言えよ!

 心の中でそう言いそうになったが、やめた。上級魔女なら、心を読めるかもしれない。
 奥の棚から、町の地図と水が入った小瓶を持って来て、カウンターに置く。小瓶の蓋を取り、ゆっくりと地図に水をかけると、水は生き物のように意思を持って動き、地図の上の4か所に集まって渦を巻いた。

「慣れたものね。さすが、魔女の恋人」
「『元』ですけどね」

 水が渦を巻いた4か所は、いわゆるパワースポットと呼ばれている場所で、魔女にとっては魔力を補充したり、怪我や体の不調を治したりする補給地点となっている。

「最近、パワースポットを荒らす奴がいましてね。町全体で警戒してるんですよ」
「聞いてるわ。魔女の仕業らしいって」
「いや、それは根も葉もない、ただの噂ですよ」

 犯人は捕まってないし、はっきりと見た人もいない。しかし、どこかの誰かが「魔女の仕業だ」と言い出し、それが広まってしまった。俺は正直、魔女との交流をよしとしない連中の自作自演だと思っている。もちろん、そんなことは口が裂けても言えないが。

「いいのよ。別の町で似たようなことがあった時、犯人は魔女だったし」

 魔女がすっと右手の人差し指を立てると、地図はふわふわと宙を舞い、2つに折りたたまれ、背中のリュックの中に収まった。もし俺が同じことをやろうとしたら、1年はかかるだろう。どこかの誰かさんがちゃんと教えてくれれば、の話だが。

「もうすぐルカの誕生日ね」
「え? ああ、そう……でしたかねぇ」

 咄嗟にとぼけたフリをして、視線を泳がせた。目の前の魔女に気付かれないように、必死に頭と心を「無」にする。

「あの子、お酒を飲むと必ず『あいつ、なんで会いに来ないのよ!』って叫ぶの。さすがにうっとうしいから、そろそろ会いに来たら?」
「はぁ、考えておきます」

 苦笑いすると、魔女は「はい、これ」と銅貨をカウンターに置いた。

「多すぎですよ」
「いいのよ。取っておいて」
「では、ありがたく」

 銅貨を手に取ると、魔女は「それじゃ」と言って背中を向けた。

「ああ、さっきの呪文の詠唱、あれ攻撃魔法じゃないわよ?」
「え? 違うんですか? ああ、あれだ。大きな音がする威嚇の魔法……いや、光で目をくらます魔法だったような……」
「全然違う」
「じゃあ、何の魔法でしたっけ?」
「ルカに聞いてみれば―?」

 玄関のドアが、ガチャンと大きな音を立てて閉まった。

 ――ったく、これだから魔女って奴は……。

 声に出して呟く。

 何気なく手の中の銅貨を見ると、いつの間にか金貨に変わっていた。

――だから、多すぎだって……。

(了)


「え? 魔女? なぜに突然ファンタジー?」
「インフルエンザと肺炎で頭おかしくなったの?」

ほっとけ。( ゚Д゚)


stand.fmにて、寿瀬さん朗読してくださいました。
ありがとうございます。m(__)m


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トガシテツヤ
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