長距離恋愛販売中|毎週ショートショートnote
「彼女のことなんだけど……」
ファミレスで席に座った瞬間、山本が切り出した。
「ああ? 別れるってか?」
俺はメニュー表を開く。腹が減って、今は食べること以外に興味はない。
「距離がなぁ……」
「おいおい。彼女さんは神奈川だろ? 東京と神奈川なんて隣同士じゃねぇか。贅沢言うなよ」
「それよそれ!」
山本はビシッと俺を指差す。
「近すぎるんだよ。会おうと思えばいつでも会える。何なら今からでも会える。そんなの、ありがたみがない」
俺はメニュー表を閉じた。言いたいことがたくさんあるが、言葉が渋滞して口から出てこない。
「会いたくても会えない……恋愛にはこういうのが必要なんだよ。遠距離恋愛みたいな」
うんうんと頷く山本に、俺はすかさず「で、今度は『会いたくても会えないのは不便だ』とか、文句言うに決まってるだろうが」と言ってみるものの、山本の耳には届いていない様子。
俺は「はぁ」とため息をついて、再びメニュー表を開く。
「実は彼女、北海道に転勤が決まったらしいんだ」
「は? 北海道?」
突然の展開に、思わず声が大きくなる。
「リアル遠距離恋愛だな。お前の望み通りになったってことか?」
「そう。それで彼女に『北海道いいじゃない! 行きなよ』って言ったら、張り倒された」
「お前……」
俺はテーブルに突っ伏した。前々から山本のことを変わり者だと思っていたが、それは間違いだった。変わり者を通り越して、アホだ。
「それ以来、電話もメッセージも、ぜーんぶ拒否されてる」
「当たり前だろ。アホが」
「これもまぁ、遠距離恋愛なんじゃないかなぁって。会える会えない以前に、連絡が取れない。んふ、んふふふ……」
山本は不気味に笑いながらメニュー表を広げた。俺は山本に気付かれないようにスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開く。
「北海道。遊びに行くから」
送信すると、すぐに返信があった。
「待っててね。もうすぐ別れるから」
(了)
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今週のお題は「長距離恋愛販売中」です。
遠距離恋愛って、割と憧れます。
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