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岡本隆司「世界史とつなげて学ぶ中国全史」

今年(2021年) 1月から2月頭にかけて岡本隆司著「世界史とつなげて学ぶ中国全史」を読んだ。講演をまとめたものだということで、細部にこだわることなく、学説や定説にあまり拘泥せずに、古代から現代まで語られていて読みやすいし、私みたいな素人にはとてもよい入門になる。


なんだか、全部分かった気になってしまうのが問題だ。入口をノックしてちょっと開けて中を見たくらいの感じだろう。参考文献もたくさんのっているので、これをきっかけに知見を深めていきたいところだ。

ひとくちに中国といっても、日本やヨーロッパ諸国のような国民国家、近代国家の概念で簡単に語ることはできない。多様な民族や地域が集まってできた複雑で多元的な、いわば連邦国家のような国だ、というのは前からぼんやりと思ってきたが、古代から現代までたどることで、その成り立ちがよくわかる。

歴史を、民族の流れとともに地理・気候から読み解くのは分かりやすい。去年読んだ George Friedman の "The Storm Before The Calm"も、そのような視点で語られていた。

中原を中心とした北と南、東と北。地域間の産業・流通と経済、そして地域格差。シルクロードによるユーラシア大陸内での交易路がメインだった時代から、海の交易路がメインの時代に変わるにつれて、そういった産業・流通や経済が変化していくところも興味深い。

また、この4000年の間の寒冷化や温暖化による、ペルシャ、トルコ、モンゴル、そしてツングースなどの周辺の民族遊牧民の動きや経済の浮き沈みも大事な要素だ。多様な民族や宗教が入り混じるダイナミズムが面白い。

そして、貨幣だ。銀の流通が大きな役割を果たしたことは改めて認識できる。15世紀から17世紀の大航海時代から19世紀までの銀が果たした役割と、スペインやポルトガルはじめとしたヨーロッパ諸国と中国との交易の歴史と南米の植民地支配の歴史、それだけでも一大テーマだ。それから紙幣、世界で初めて紙幣を発行し流通させたのが、クビライとは知らなかった。そういえば、本書には書かれていないが、スマートフォンによる電子決済が世界でいち早く普及し、デジタル人民元も発行されようとするのが中国だ。

それにしても、現代の中華人民共和国は第二次大戦後に生まれた国であり、その前の中華民国にしても1911年の辛亥革命によって現れた。それまで「中国」という国はなかったことは忘れがちかもしれないが大事なことだ。

今でもそのような多元的で複雑な中国の歴史が反映されている。さらに共産党独裁を堅持しながらの市場経済をもつ経済体制も複雑だ。

さて、日本と世界の今後を占い、私達がどう考えどう備え、どう世の中を渡っていくべきか、そしてどのような社会を実現していこうか、ということを考えたときに、日本をとりまく国際情勢、特にアメリカと中国について理解を深めることが大事であることは言うまでもない。

グローバル企業に技術者として勤めていると、科学技術の研究開発活動や経済活動が世の中のすべてであるかのように錯覚し、そうなると国境は特に関係なくなり、あとは異文化に対する興味(とくに食文化とか。。)だけになる。しかし、湾岸戦争以降のアメリカ、ことにトランプ前大統領からの最近の様子や、去年今年の COVID-19 パンデミックの状況下で起こっていることから、国家という概念や国境というのが非常に重要な要素として私達の生活にも関わってくることが否応なしに認識されることとなった。

だから、去年から、一方の巨大な力・アメリカについて学ぼうと、いくつかの入門書から読み始め、そのことはすでに記事に書いた。そしてもう一方の大きな力としての中国についても学ばなければならないと思い、本書を手にとったのだった。どちらもある意味、コンセプトをもとに作られた国であり、また複雑な重層的な多様性を持つことから十分な知識を得るだけでも時間がかかることであろう。

また、国の文化や宗教そして民族とその移動の歴史といった時間軸の側面だけではなく、上にも書いたとおり、大陸国家としての中央アジア、ロシア、中近東、そしてヨーロッパとの関係も欠かせない。また、海洋国家としての日本、アメリカ、そして、ヨーロッパでもとくにイギリスとの関係といった地理的な側面も同様に重要である。

今の私達、そして未来の私達、ということを考えた場合には、とくに安全保障の視点で、それら時間軸の理解と空間の理解とを整理し直すことが大事だろう。

そんなことを去年考えたので、この本に先立って今年(2021年) 1 月に安全保障の入門書、烏賀陽 弘道 著「世界標準の戦争と平和 ーー初心者のための国際安全保障入門」を読んでおいた。

この本は一読の価値がある。なぜか入手しにくくなっているようで、中古で少し法外な値段がついている。定価は1600円だ。実は告白すると私も5倍強の価格で購入した。ひょっとしてあまりに分かりやすく本当のこと(いろいろ都合がわるいこと・たとえば国境の定義の明確化と尖閣諸島に関する記述など)を書いているので焚書扱いになっているのかもしれない。

前半の第1章と第2章が、入門の中でも特に基本的な以下の点について例も交えて丁寧に解説している。

・国境を理解する:領海と公海と接続水域を正しく理解する。「国」を国境の内側と考えたら、国境を正しく理解できていなければ議論の土台に立てない。
・戦後の国際秩序を構成する核抑止力の役割を理解する:3本柱として、大陸間弾道ミサイル、爆撃機、原子力潜水艦(+潜水艦発射型ミサイル)を持つことが重要。そして原子力空母を持つことも重要だ。
・シーレーンの重要性を理解する。
・シーパワーとランドパワーを対照することで日本周辺の地政学を鮮やかに分析し理解する:具体例としてロシア、中国、朝鮮半島、そしてアメリカから見た日本、沖縄についてとりあげていて非常にわかりやすい。(シーパワーとは繁栄の源泉を海上輸送に依存している国々、ランドパワーとは繁栄の源泉を陸上輸送に依存している国々。)

「安全保障=軍事ではない」というのがこの本のポイントで、安全保障についての基礎的な考え方を第3章で、こちらも例を交えながらわかりやすく解説されている。安全保障を語る上で重要な「何を守らなければならないか」つまり、国益とはなにか、という点をよく考えることが重要だということにあらためて考えさせられる。そして、第4章でケーススタディで尖閣諸島について詳解し、第5章でさらに普遍的な見方としてまとめてある。

とても重要だと改めて感じた点は、国際セキュリティ問題を考える際の必要な思考だ。箇条書きになっていたので引用しておく。

(A) リスクを見積もるとき、自国政府の公式声明や公式文書、報道発表だけに依存していはならない。
(B) 自国政府の公式声明や公式文書、報道発表に依拠した報道や論考、主張は警戒する。鵜呑みにせずに疑う。
(C) 100年単位、世界地図単位のビッグピクチャーから現実を見る。
(D) 自国の視点からだけからかんがえてはいけない。相手国の視点から見れば、同じ現実でもどう見えるのかを考える。
(E) シグナリングを見落とすな。
(※島村覚書:実際に実行されたこと、だけでなく、実行できるけどされなかったこと、も重要なシグナリングである。)
(F) 国際関係は異文化交流である。自国の価値観で他国の行動を評価・予測してはならない。
(G) 事実と願望を混同してはならない。
(H) 外政と内政は連続して一体である。
(I) 2国間での政策は、他国との関係にも影響する。世界は2国間ではなく多国間で成り立っている。
(J) 安全保障政策はベネフィット・ロスの差し引きである。
(K) 「好き嫌い」「善悪」「勝ち負け」などの価値判断は現実の理解を邪魔する敵である。
(L) 政策決定は多様なプレイヤーが参加する重層的なプロセスである。単層的な思考をしてはならない。


D, F, G, K について問題がある言論がいかにはびこっていることか。逆にわかりやすい、ともいえるけれども。

なお、本のカバーも美しく、大枚ははたいたものの、手に取ってよかったと思える本だ。

さて。去年からの COVID-19 の蔓延と対策の成功は、中国としては国家として一つにまとまるいい機会になったのかもしれない。これからどうなるのだろうか。

それにしても、いずれの日にかまた中国の各地を訪問したいものだ。


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