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【読書】小島剛一『トルコのもう一つの顔』

著者の小島剛一さんは言語学者の方です。この本は紀行文として気軽に読めますが、ベースには言語学研究というしっかりしたテーマがあって読み応えがあります。

──「君がすっかり好きになってしまったよ。今日は家内が実家に帰っていて家に誰もいないんだ。泊まりにおいでよ」と一人旅の男が初対面の人に言われた場所が、たとえば……西ベルリンの動物園とかパリのテュルイリー公園だったとしたら、同性愛に興味のない人はさっさと逃げたほうがいい。(中略)しかしそれがトルコの地方都市や農村部だったら、どの民族でも十中八九相手を信用して構わない。(P27)

──エルス語(スコットランド語)を話す人は年々減り、スコットランド人の大部分は英語を母国語としているが、自らを「イギリス人だ」と考えるスコットランド人は一人もいない。ほぼ完全な言語同化にもかかわらず民族同化はまったく起こっていない。(P31)

──クルディスタンの住民がすべてクルド人というわけではない。トルコ人、アラブ人、ペルシャ人、アルメニア人、アッシリア人、グルジア人、チェルケズ人などが複雑に交じり合って住んでいる。(中略)
トルコ、イラン、ソ連の三国にとっては、幾多の戦争や革命の歴史を経て「国民の血で贖った」貴重な領土の中に、シリアとイラクの場合は国際連盟委任統治領の国境をそのまま受け継いで独立建国したときの領土内に、たまたまクルド人がいるだけであり、当然のこととしてそれぞれの国家への、「祖国」への、忠誠をクルド人にも要求する。(P32)

トルコをはじめ、シリア、ソ連、イラン、イラクにまたがり分布する少数民族クルド人。その中のザザ人。さらには異宗教集団アレウィー教徒たち。複雑に絡み合うトルコの民族事情と、マトリョーシカみたいな迫害の構図。

親切で人懐っこい国トルコの知られざる裏面に、言語学の観点から光をあてた超至近距離観察記録。

落ち着いた文章と、ノンフィクションと思えないドラマチックな展開のギャップが、数年前に読んだ佐藤優さんの『国家の罠』(2005/3/26, 新潮社)を思い出させました。

どうやら続編があるようです。
『漂流するトルコ』(2010/09, 旅行人)
ぜひ、読まなければ。

(2013/4/10 記、2024/1/27 改稿)


小島剛一『トルコのもう一つの顔』中央公論新社 (1991/2/1)
ISBN-10  ‎4121010094
ISBN-13  978-4121010094

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