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【読書】マイケル・ペイン『オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したのか』
先日読んだ『オリンピックと商業主義』にマイケル・ペインという人の名前が出てきました。
1988年ソウル大会後にスポーツマーケティング会社ISLから引き抜かれてIOCのマーケティング局長になった人で、IOCが「企業の金」を集める仕組みを構築する上で立役者となったようです。用語解説に出てくるくらいなので、ある意味、オリンピック史に名を刻んでいると言ってもいいかもしれません。アスリートとは違った意味で。
『オリンピックと商業主義』では、IOCによるマイケル・ペイン氏起用が、同組織が営利主義に向かうきっかけとなったという見方をしています。
── これが、オリンピックで「企業の金」を集める際、IOCが主導権を発揮していくようになる最初のきっかけだった。言い換えるなら、「IOCはただのスポーツ興行団体になり下がった」といった批判を浴びることになる、そのきっかけだったと言っていいかもしれない。 (『オリンピックと商業主義』 P193 マイケル・ペイン )
一方、この本『オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したのか』は、じゃあ、経済的に瀕死だったオリンピックをどうやって金のなる木にできたのか……を、当の本人マイケル・ペイン氏が語ったものです。
一時話題となったIOC貴族の汚職や度を超えた贅沢にはがっかりさせられますが、この本のいくつかのエピソードからは、収益とスポーツの理想は必ずしも背反ではないかもしれないと感じる部分もありました。
そんな一面がちょっと現れたエピソードを、一部紹介します。
──『オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したのか』第6章 便乗商法の一掃」より
P214
スポーツ用品の巨大企業ナイキが、100周年記念となるオリンピックの広告プログラムを開始した。まず、アトランタの市街地一帯に、無遠慮な屋外広告を設置した。広告の内容は「You do not win silver, you lose gold.(銀を獲ったのではない。金を逃がしたのだ)」勝利あるのみ─これが同社のテーマだった。オリンピック公式スポンサーであるリーボックに対抗しようとするナイキの意図は明らかだ。(中略)
さらにナイキの攻撃的な広告は続いた。100周年記念大会で多くのスポンサーから好まれたテーマ性のある広告に対して「We don't sell dreams, we sell shoes.(夢を売っているのではない、靴を売っているのだ)」と打って出た。(中略)
ナイキの強引なやり方に疑問を呈したのはIOCだけではない。オリンピックの価値に対する中傷や銀メダルへの蔑視に対し、選手たちも憤りを感じていた。(中略)
もちろんナイキは、どんな報道でも歓迎した。それまでナイキが慎重に育ててきた「不良っぽい」という企業イメージにつながれば、それで良かった。
(中略)
「この広告は、超一流のアスリートたちの競争心をそのまま表現したもので、対象はあくまで、金メダルをかけて戦う選手たちであり、お手々つないで仲良くしましょうという選手たちではない」これが会長フィル・ナイトの持論だった。
(中略)
IOCはスラッシャーに状況を詳しく説明した。「スポーツはルールに従って行われるべきであり、オリンピック・ムーブメントは明確な価値と倫理に基づいてできあがっている。貴社がこのすばらしい祭典に参加したいのなら、そのルールに沿った行動を取ることと、オリンピック・ムーブメントの倫理基盤を尊重することが求められる。それができないのなら、IOCは、オリンピックのあらゆるスポーツ用具・機材から貴社のブランド名を排除し、貴社のサービス関係者全員のIDを即刻無効にしようと考えている。セキュリティー・コントロールを通れなくなるので、当然、アスリートたちの世話は一切できない。貴社が強行路線を取りたいというのなら、われわれも受けて立つ」と。
趣旨を受け止めたスラッシャーは態度を和らげ、お互いが協力したら今後どんなことができるのかを考えた方が良いかもしれないと言った。
(中略)
IOCの2000年大会における「Celebrate Humanity(人間性をたたえる)」キャンペーンでは、重量挙げバンタム級のブルガリア代表、ヨト・ヨトフが登場するテレビCMも作成した。銀メダル獲得を決めた瞬間、ヨトフは巨大なバーベルを下ろし、喜んでピョンピョンと跳び回った。そして最後に、ひざをついて両腕を上げた。この映像では「『銀を獲ったのではない、金を逃がしたのだ』と言う人たちもいた。しかしそう言った彼らが銀を獲ったことがないのは明らかだ」というナレーションが流れる。この広告は、ナイキに対するささやかな皮肉だった。
P221
オリンピック・ムーブメントが存続できたのは、価値提案(バリュー・プロポジション)に成功し、産業界からの経済的な支援を受けられたからにほかならない。IOCが「価値提案」、つまりパートナー企業の独占販売権をしっかり守れないのなら、投資やパートナーシップを考える企業など現れない。
(2014/5/16 記、2024/4/30 改稿)
マイケル・ペイン『オリンピックはなぜ、世界最大のイベントに成長したのか』サンクチュアリ出版(2008/7/25)
ISBN-10 : 486113918X
ISBN-13 : 978-4861139185