【読書】長沢正教『山里に生きる』
著者の長沢正教さんは、神奈川県のご出身で、同県の県立高校に勤めておられたようです。氏は、短編小説『三増峠』でも、また仏果山山麓での素朴な生活を記したこの本『山里に生きる』でも、地元、神奈川県中央部を題材にしています。
丹沢山地のお膝元という「くくり」では、ぼくも長沢さんと同郷人だと勝手に思っています。それに里山での生活への憧れもあって、この本は大好きな一冊なのですが……なぜだろう、読んだ当時の読書メモが見つかりません。
しかし、同じころに丹沢山に登ったときの日記に、この本の抜粋を記していました。今回はそれを載せます。当時は(別に今もやめてませんが)、地元の里山を自宅から走って登頂することに躍起になっていました。
(2024/10/19 記)
丹沢山(たんざわさん)(1567.1m)
総距離 64km
行動時間 13時間半
累積標高差 2850m
装備重量 4.5kg
距離は増えるがヤブの少なそうな塩水橋ルートを選択。その後、塩水林道に入り、途中ワサビ沢のショートカット道を使う。塩水橋の登山口なら丹沢山直下まで舗装路でアクセスでき、ペースを上げやすいため時短になる。そこから先は距離約7km、標高差1,200mの登り。
水は、1.5Lのリザーバーと予備のペットボトル500mlを装備。宮ヶ瀬で水道水を補充後は、山頂の山小屋で購入するしかなかった。実際にリザーバーが空になる事態を初めて経験したが、やっぱりちょっと焦る。給水計画は綿密にすべきだと実感した。
さらにまいったのは、ワサビ沢のショートカット道入り口の分かりづらさ。道標もテープもなく、踏み跡も完全に草で覆われていて、これは知っている人でなければ見つけられないと思う。
ここでは偶然通りかかったキノコ採りのお兄さんに救われた。このお兄さんがまた変わっていて、うまく説明できないけど、都会的な容貌に不釣り合いな長ぐつと竹ざおといういでたちで、周辺の地理にやけに詳しかった。キックボードを小脇に抱え、虫とキノコをしこたま採ったらボードで速やかに林道を下るのだそうだ。
ヒトの気配のしない山奥で、こんな人に出会って幸運だったが、なんだか狸にでもばかされたような気がしなくもない。
堂平のブナ林を抜け、岩の露出したクサリ場を登ると雲に入った。この日の眺望はなかったが、山頂は樹木が茂っておらず、晴れれば見晴らしは良いものと思う。
山頂の山小屋「みやま山荘」は、築十年くらいらしいが、新築みたいにきれいだった。旦那が掃除上手なんで、と奥さまがおっしゃっていた。
復路、このルートは塩水橋まで降りてしまえば遭難の心配はないが、そこからは残り約25kmのロードとなる。50kmから先は初めて走る距離で、以降、身体が急に重くなった。内臓も水分を吸収しなくなったみたいだ。飲んでも体力が回復しない。でも、まあ、要するに距離に慣れるしかないんだろうな。道は分かったので、次はもう少し時間を短縮したい。
小学生の頃、毎日校舎から眺めていた山だから、丹沢山には特別な想いがある。今回ようやく山頂に到達して達成感もひとしおだった。
選んだルートも変化に富んでいて良かったと思う。特に前半は、沢の豪快な水音が涼しげで気持ち良かった。
丹沢山地の東、仏果山の山麓で生活される長沢正教さんが、ご自身の経験にもとづいて書かれた『山里に生きる』(郁朋社, 2002/6/6)という本に、こんな一節がある。
── 中津川の上流に山女を釣りに出かけた時の出来事です。雨上がりの早朝で渓流はささ濁り。キジ(小さな赤いみみず)を餌にして釣るには絶好の状況でした。落ち込み、淵と、探りながら広い河原に出た時、対岸から突然一頭の鹿が現われました。続いて五頭、一〇頭、三〇頭と数を増やし、目の前を横切り、崖を駆け登っていきます。しばらくして、朝靄の立ち込める新緑の雑木の中に、鹿は姿を消していきましたが、私はこの光景に感動し、その場に釘付けになってしまったことを、今でも鮮明に思い出します。
自分もいつか、こんな体験をしてみたい。
(2015/9/19 記、2024/10/19 改稿)
長沢 正教『山里に生きる』郁朋社(2002/5/1)
ISBN-10 4873021804
ISBN-13 978-4873021805