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【読書】新田次郎『蒼氷・神々の岩壁』
近所の書店で近隣の山のガイドブックを物色していたら、同じ棚に並ぶ文庫本の傍らに手書きのポップがありました。
~山岳部時代の先輩曰く「山をやるならまず新田次郎を読め」~
そ、そうなのか……
もしかすると、歴史小説の“司馬遼太郎”、SFの“クラーク”や“アシモフ”みたいな感じで、山岳文学の王道と言ったら“新田次郎!”なのかもしれないと勝手に解釈。とりあえず取っつきやすそうな短編集から入ってみた次第です。
4つの短編を収録していますが、青春、ミステリー、幻想、実名小説とそれぞれ作風の異なるのにちょっと驚きました。
一方で共通しているのは山のシーンの描写の凄さ。新田次郎さんは気象庁に勤めていたそうで、本書の解説には、最初に収められている『蒼氷』の富士山頂での台風直撃シーンが圧巻、気象の専門知識がなくてはこの描写は不可能──とあります。
まったくその通りなのですが、もう一つ驚かされたのは、常態から遭難に至る経過の描き方でした。
ぼくはトレランのトレーニングでときどき近所の山に入る程度ですが、走り慣れた里山でもふとした拍子にルートミスをしそうになることがあります。そして、そんな心のすき間や、天候の変化、ケガ、装備トラブル、体調不良などさまざまなな要因で、楽勝なはずの里山が突然人里離れた秘境に見えてくる経験を、これまで何度かしました。
劇中では、そんなときの景色の一変する様子がとても自然に描かれていて、なんだか怖くなります。こういった描写もやはり山での数々の経験が可能にしたのではないかと推察するところです。
ところでこの本には、富士山、愛鷹山、八ヶ岳、藻岩山、穂高岳、谷川岳など数々の山が登場ますが、舞台となる山域の地図をながめながら読みすすめると、登山経験のほとんどない自分には楽しいだけでなく勉強にもなる気がしました。
その意味でも、山岳部の先輩のアドバイスはなるほど的を射たものだったのかもしれません。いずれは代表作の『孤高の人』や『劒岳<点の記>』も読んでみたいと思います。
(2018/12/4 記、2025/1/11 改稿)
新田次郎『蒼氷・神々の岩壁』新潮社(1974/8/12)
ISBN-10 4101122059
ISBN-13 978-4101122052