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【読書】ハルフォード・ジョン・マッキンダー『マッキンダーの地政学-デモクラシーの理想と現実』

この丸い地球の上で人類がいっしょに仲良く暮らすというのも、また相当に手のこんだ芸術である。
── P35 第二章「社会の大勢」

原題、”Democratic Ideals and Reality”(デモクラシーの理想と現実)。訳本のタイトルは“地政学”ですが、これにとどまらない、より広範な内容に感じました。

著者、サー・ハルフォード・ジョン・マッキンダーは、英国の地理学者、政治家で、現代地政学の開祖とも言われるそうです。

この本の発表は1919年。このとき第一次世界大戦は、歴史上の出来事ではなくリアルタイムの時事問題で、この論説の第一の目的は同大戦の戦後処理への提言だったようです。

本書の前半でマッキンダー先生は、内陸部の勢力が沿岸部の勢力に如何に脅威となってきたか、歴史をひも解いて考察します。引き合いに出されるのはアレクサンダーや十字軍などの軍事行動です。

そして、今次大戦の発端は東欧内部(すなわち内陸国同士)の主導権争い(ドイツ人対スラブ民族)であり、もしドイツが勝利していれば、東欧にドイツを中心とする巨大な内陸部勢力が出現。結果、沿岸および島しょ国である西欧(フランスやイギリス)は絶えずその脅威にさらされることになったかもしれないと警告します。

(ドイツの敗戦理由については、フランスとの戦線を拡大して、東にスラブ、西に西欧の二正面作戦としたドイツの失策を指摘)

マッキンダー先生の提言とはすなわち、大戦後の国際秩序の形成において、ドイツとスラブの間に野心が再燃する余地を残さず、以後、両勢力が均衡を保って、それぞれが真の独立を享受できるようにすべき、ということかと思います。

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なるほどこれが地政学的な考察というものか、と思いましたが、本書の後半には、さらに政治哲学の要素もあるように感じました。

マッキンダー先生は、「国家の経営上、悲劇をもたらす考えかたに、およそ三通りのものがある」と言います。少し自分なりの解釈が許されれば、その三つとは、イギリス流の(自由放任(レッセ・フェール)式)自由貿易主義、プロイセン流の軍国主義(略奪型の保護主義)、革命後のロシア流の社会主義を指していると思います。

国家の経営上、悲劇をもたらす考えかたに、およそ三通りのものがある。その第一が自由放任主義だが、これはあきらめと宿命論のもとである。この精神的な態度から生まれる状況は、いわば自分の健康をなおざりにしたため、自然にかかる病気に似ている。(中略)
第二の精神的な態度は、恐慌的な心理状態から生まれてくるものである。(中略)その結果プロイセン人は、もしも人間が生き残るためには、所詮人間同士が食い合うほかにないとすれば、ともかくも自分達は人を食う側にまわろうと観念したような次第だった。(中略)
それから第三の態度を取る者が、無政府主義者とボルシェビキ達である。彼らのあいだでは、むろん両者を区別しているにちがいない。けれども(中略)国家を破壊するか、それともバラバラに分解するかということは、実質的にみて大差がない。要するに、その態度は社会の自殺を意味する。
── P210 第六章「諸国民の自由」

では望むべき社会の形はというと、なかなか簡潔、直截には示されません。しかし、地方自治、地域的なコミュニティーを基礎とする組織づくりという方向性が随所に提示されており、著者あとがきにはその思いが表れています。

市中といわず郊外といわず、おしなべて現代文明の世の中では、あまりに人間の数がふえすぎたため、”隣人”の感覚はすっかりなくなってしまった。が、現代の世界が渇望しているものは、まさにその隣人の感覚である。(中略)
われわれは、すべからく自分自身を回復すべきである。さもないと、いつのまにか世界地理の単なる奴隷になって、唯物的な組織者の採取の手にさらされる目に逢うだろう。隣人としての感覚、および仲間の住民に対する友誼的な義務感、これが幸福な市民生活のための唯一の確実な基礎である。その結果は、やがて町から地方を通じて国にまで発展し、ついには世界の国際連盟にまで及ぶだろう。貧乏人のスラム生活も金持ちの退屈も、階級間や国家間の戦争も、たぶんみなこれによって解消できるはずだ。
── P244「あとがき」

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以上、素人の立場で要約、考察するのは僭越かとも思いましたが、しかし、文章にすると多少自分なりの理解が進んだ気がします。ちょっと骨の折れる作業ではありましたが。

曽村保信さんは訳者解説で、マッキンダーについてこんな風に書いています。

彼自身は、自分は地理学者だと称していた。が、その地理学の目的は、この地球上に住む人類の生活に均衡と幸福をもたらすことにあると、つねに強調していた。
── P308 訳者解説

こういった内容を世界規模で考えるところに、当時の一等国英国としての誇りと責任感を感じました。

(2012/4/26 記、2023/12/28 改稿)


ハルフォード・ジョン・マッキンダー『マッキンダーの地政学-デモクラシーの理想と現実』原書房(2008/9/27)
ISBN-10 456204182X
ISBN-13 978-4562041824


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