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武重謙 ヒグマ猟記3「無雪期にヒグマの足跡を追うがうまくいかない」前編

ヒグマを獲りたいと思ったが、何から始めればいいか分からなかった。

ヒグマ猟に関する本を買い漁り、藁にもすがる思いでページをめくった。「獲り方」に関する本はあまりなかったが、昔の人のヒグマ猟のエッセイ的な書籍は多く、それらを通じてイメージを膨らませていった。

予想通り、多くの猟師は足跡を追って獲っているようだった。冬眠後は穴グマ猟に転ずるが、起きている間は足跡の追跡が、基本的な戦略になるようだった。

「それなら」と意気込んで、山を歩きつめた。シカを獲る上でも、足跡を追うのが好きだったから、行為自体には馴染みがあった。追うべき足跡さえあれば……。

ヒグマの足跡はちょこちょこ見つけられるようになったので、計測のためにコンパスを一緒に撮影していたが、いまは物足りなくなり、メジャーで計測して記録している

いつもはシカを探して歩き回る山を、今度はヒグマの足跡を探して歩くことになった。同じ山を歩いていても、見える景色はまるで異なるものだった。この山のどこかにヒグマがいる、と思うと怖さと期待が沸き上がった。風に揺れる笹の音さえ、ヒグマの音に思えた。

12月に入ったばかりで、まだ意外と暖かい。木陰などほんの一部に雪を残して、あとはほとんど溶けてしまった。根雪になるのはまだ先らしい。少し前にヒグマの足跡を見た場所に行ってみた。あの日はうっすらと積もった雪のおかげで、足跡をはっきり確認できたが、雪はすでに溶け、一見するともう足跡など跡形もなくなくなっていた。

しかし、そこに足跡があったことを知っていれば、地面の凹み具合、落ち葉の潰れ具合から足跡を判別することができた。雪は溶けても足跡はあった。これが大きな発見だった。

こうして写真で見ればヒグマの足跡だと分かると思うが、ボケーッと歩いていると見逃してしまう。見つけるのも慣れが必要なのかもしれない

ヒグマの足は大きいので、体重の割にくっきりとした足跡が残りにくい。まるでハンコをつくように歩くシカとは違う。しかし、雪がなくても足跡を見つけることは不可能ではないことを知った。

Profile
武重 謙(たけしげ・けん)
1982年、千葉県出身。自営業。システムエンジニアを8年勤めたあと退職。海外を2年間放浪後に神奈川県箱根町に宿泊施設を開業し、その傍らで狩猟を始める。2019年に北海道稚内市へ移住し、宿泊施設「稚内ゲストハウス モシリパ」をリニューアル開業。単独で大物を狙う忍び猟を好む。小説の執筆も行い、池内祥三文学奨励賞(2012年)を受賞。著書に『山のクジラを獲りたくて――単独忍び猟記』(山と溪谷社)がある
ブログ「山のクジラを獲りたくて」https://yamanokujira.com/
ツイッター @yamakuji_jp

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