ナイモノネダリ
束縛強めな彼氏ができて、
ごはんへいく予定を決めるにもいちいち
何かと
「彼に聞いてみるね」
とか言う彼女のことを、甲斐甲斐しく尽くす、
かわいい女の鏡だなぁ、
とはちょっと思ったけど。
そんな服着たっけ。
ピタピタのスキニーとか、綺麗めのニットとか。
だいたいその前髪、切りすぎじゃないの?
「彼ね、私の作る料理しか食べなくて」
ホンット参っちゃうわ、みたいな顔をしながら、彼女は、けれども、
私には見せたことのない顔をしていた。
嫌そうな顔をしながら、でも、嫌なんかじゃなくて、むしろ「鬱陶しいほど幸せ」みたいな顔。
「私がいないとダメなのよ」
と、うっとりしたような。
愛すより愛されるほうが幸せになれるのよ、
とも聞いたことがあるし、
好きな人にそこまで必要とされるというのは、
尽くし甲斐もあって、
それ自体がもう幸せって、
そう実感するってね、
あるんだろう。
…だろう。
よね。
けど私、そういうの、ホントなくて。
予定は自分で決めてしまうし、
あとから彼に何か言われたとしても、
「ごめん、これ入れちゃった」で終えてしまう。
私のことが必要な予定だとしたら、
事前にカレンダーに書いておくなりしててもらわないとさ…。
それは、そうじゃない。
彼女たちの言う
「鬱陶しいほどの幸せ」
を思わなくもないけれど、
やっぱり「鬱陶しい」ものは「鬱陶しい」のだ。
その煩わしさを、
「愛されている」という実感や
「愛の深さ」へ変換することができなくて。
ゆえに、
よく言えばサッパリしているのかもしれないし、
悪く言えば情が薄いと言うんだろう。
だからだろうか、
「彼に聞いてみないと」と
自分だけで予定を決められない女性を、
どこかでとても愛おしく思ってしまう。
「彼ね、私の作った料理しか食べないの」
なんて、
世にも恐ろしいことを幸せそうにいう、
彼女の無自覚な、
身も蓋もない蕩け具合を、
時々、
心から愛おしいと思ってしまうのだ。