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あなたは恥ずかしい存在なんかじゃない

知り合いのご夫婦には、ひとり息子がいる。
自室にひきこもって、もう5年ちかくなる。

彼が小さいころは、まだ小さな長女を遊んでくれたりした。なんとかレンジャーになって、よく変身して、何かしらと戦うのに夢中な子どもらしい子どもだった。ぷくっとほっぺが、とても可愛かった。

それから、中学で生徒会をやったとか、駅伝を走ったとか、応援団をやったとか、彼の成長はたまに話に聞いていて、そして、高校時代、アルバイトしていたお店へ行くと、笑顔で接客する頼もしくなった彼がいた。

あの子が……。

ある時からアルバイトへ行かなくなった。通っていた自動車学校へも行かなくなり、自室から出なくなってしまったという。

きっと彼は彼なりに、何かしらに苦しんでいて、じっと一人きりで籠って、もがいているんだと思う。なんとかその苦しみが少しでも楽になって、いつかはまた、部屋から出て、好きなことややりたいことを見つけられたら…と、私は夫とよくそんな話をしていた。

先日、彼の父であるタロウさん(仮)と話をすることがあった。

息子は思ったより重症だということが、いろいろな講演会(ひきこもりの家族向け講演会やセミナーなど)へ行くうちに分かってきた。ただの怠け心じゃなかったんだな、とようやくわかって…どうやら病気で…。おそらく、あいつは強迫性障害で、講演会の医師の人にも聞いてみたけど、「とにかく本人を診てみないと」って言われて…。病院に行くのがいいんだけど、なかなかねぇ…。

と言っていた。
奥さんも、うーん…と難しい顔をしていた。

「たぶん◯くん(息子)は、とても繊細なんだと思うし、◯くんと同じくらいの年代で、そういう症状を抱えている子も多いよ。本人が一番苦しんでるから、早く病院に連れて行ってあげて。」

と、声をかけてみるものの、なかなかスッキリ返事が返ってこない。
怠け心?どうやら病気?え?5年も経つのに?今ごろ?なんで早く病院連れて行ってあげないんだろう?自分の息子が苦しんでるっていうのに、なんで…?と、私は疑問ハテナでいっぱいなのだけれど、タロウさんたちにはまた違う考えでもあるんだろうか。

そのあとの、タロウさんの発言に、私は、これは息子の問題だけじゃないな…と思ってしまった。
タロウさんは、

「ごめんね、こんな恥ずかしい息子で……」

と言ったのだ。

恥ずかしい??

誰が?誰のことを?
なんで?どこが?

そう、タロウさんも、奥さんもどうやら、自分の息子のことを「恥ずかしい」と思っているらしいのだ。

彼は好きで引きこもっているわけではないだろうし、何かしらに苦しんでいるから安全な場所へ避難して自分をまもっているのだと思う。それを、恥ずかしいとはどういう心理だろう?

まともに働いてないから?
高校も中退したから?
運転免許もとりそびれたから?
部屋にこもってばかりだから?
病気だから?
精神科へかからなきゃいけないから?

確かに、今となってはカウンセリングや精神科クリニックはメジャーになり、通院者もたくさんいて、薬を常用しながら日常を送っている人も多くなったけれど、タロウさんたち世代(還暦すぎ)の人のイメージはまだ「精神科=気狂い」という極端な認識を持っている人もいるのかもしれない。

終身雇用制度や、手に職で、「男は稼いでナンボ」という固定観念もきっとあるだろう。学歴にしてもきっと、「高校も出てないヤツはまともに働けない」という考えもあるだろう。そう言われている時代が、確かにあったもの。

そりゃ、そういう価値観なら、まともに高校も出ず、ろくに働きもせず、部屋に篭りっきりな年ごろの息子を、精神科へ連れていくなんて恥ずかしいと思うのかもしれない。

でも、もうそんな時代じゃない。
そんな場合でもない。

(ちなみに私自身、高校中退だが、生きていけないほどではなく、ちゃんとこうして生きてきている。)

彼を病院に連れて行くことは可及的速やかに。
そして、それとともに一刻も早くしなければならないのは、タロウさん夫妻の価値観のアップデートなんじゃないだろうか。

苦しんでいるのは息子本人だということや、専門家の治療で、症状はかなり楽になることがあるということ、心の問題を抱えることは、誰にでも起こりうることだということを、素直に受け入れられるように。

病気で病院に行くことは恥ずかしいことではない。むしろ、早く治療をしてあげなければこじらせてしまう可能性もある。取り巻く環境もまた見直す必要もあるだろう。

どうか、彼が専門家の治療をきちんと受けられて、今の苦しみが少しでも楽になりますように。

タロウさん夫妻や息子さんに、
もっと息のしやすい時代になっていることを
早く知ってもらいたい。


そして、たとえ周りの人から恥ずかしいと言われたとしても、本人がそう言い出したとしても、タロウさんや奥さんだけは、


「あなたは恥ずかしい存在なんかじゃない」と、

   彼の一番の味方でいてあげてほしい。







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