身軽でいたい。
「伸びたね〜」
「3ヶ月ぶりくらいですもんねー」
「どうします?」
「結構伸びてて、寒くなるんで…ウルフとか…」
「あーいいね!いい感じ、似合うと思う!」
「あ、じゃ、それで…」
サラサラと私の伸び放題な髪を梳かしてもらいながら、久しぶりのカオリさんと鏡越しに話す。
プリンみたいに頭頂が黒く、毛先へのびるに従って金髪になっている自分を鏡の中に改めて見ると、ちょっとやつれている気がした。頬がこけたような気がする。食を怠っていたからな…。
カオリさんの手、髪を扱う手が好きだ。
サクサクとハサミが働く。
頭の形も生え方も、もうカオリさんにはちゃんとわかっていて、ザッザッと大胆にカミソリでカットをしていったりする。
厚く重かった頭が、サクッサクッと軽くなっていく。美術展の話や、旅行の話なんかをしながら、ハラハラと金色の毛が落ちていく。
「そういえば、ハナ(仮・彼女の娘でうちの長女の部活の先輩だった)、今ね、東京にいるの」
「へ?名古屋じゃなくて?」
「そう、今月から東京で働くことになってね」
と話し出した、ハナちゃんが東京で働くことになったいきさつがまた凄かった。
名古屋で料理人として勤めていたお店を八月に辞め、しばらく旅行へ行ったり、断捨離をしたりして過ごしていたけれど。
Instagramで知った東京のお店に惹かれ、つい先日予約をして、カオリさんと一緒に食事へ行ったのだという。
落ち着いた会社役員の方々や、シックな夫婦がゆったり食事を楽しんでいるような品格のある雰囲気のお店。若いハナちゃんに、お店の方も興味津々で、いろいろお話ができて、ついには料理長にまでお会いできたという。
そして、「念のため」に持っていっていた履歴書を渡すこともできた。
「すみません、ちょっと温かくなっちゃってますけど…。」と。
その生暖かくなった履歴書から、5日後に正式な面接があり、そのまた5日後には初出勤となったのだ。その間に、名古屋の部屋を引き払い、東京の寮へ最低限の身の回りのものだけ持って、お引越し。それで「ハナ、今東京にいるの」なのだ。
「もう、バッタバタよ〜」とカオリさんも目をまん丸にしていた。
ハナちゃんがそんな風にチャンスを掴めたのは、ここ!ってときにスッと身軽に動けたからなのかもしれないね、と話していた。前の店を辞めてから、かなり断捨離をしていたようで、部屋を引き払うときにも、東京へ行くときにも、荷物はかなり少なかったのだとか。
「断捨離、しておくべきよ〜やっぱり。」
そんな話を聞いていたら、本当に引き出し一つだけでもすぐに片付けたくなってきた。
しゃわしゃわしゃわとカオリさんの手が優しくシャンプーしてくれる。心地よいお湯とともに、頭の疲れも流されていくみたいだ。
ブリーチで金色になっていた毛先と、黒かった頭頂に、自然なオリーブアッシュが入り、落ち着いた色あいで髪ツヤも元気になった。伸びたえり足がくりんとしている。
「いい感じ」
「うん、いい感じ」
鏡越しではなくて、カオリさんと顔を合わせて。
もちろん、家に帰るやいなや、机の上を片付け、開けるたびに何かしらがひっかかって「クシャ」とかいってた引き出しを引っ張り出し、いるものだけを残し、いらないものは捨てた。
それだけで少し、気持ちも軽くなった気がした。
何でも溜め込まないで、
あれもこれもはできないのだから、
スッキリと身軽でいこう。
できることだけ、いるものだけ。
掃除しよっと。
あ。大丈夫。どこにも行かないよ。
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