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座布団は増えたり取られたりしません。
緋毛氈の高座に、ふかふかな座布団が一つ。めくりには、独特な筆字の噺家さんの名前。
お正月みたいな、めでたい出囃子が鳴る。
おお、はじまるはじまるっ!
初めて、生の落語を聞きにきた。
田舎のとある町の公民館の寄席。
周りは腰の曲がったお喋りな小さい女性や、大きいけれど無口な男性や、その中でいえば若い衆な私、と少しだけ年上な女性たち。
「開口一番!」
と淡いお着物の、若い坊主の前座さん。
「おとっつぁ~ん、おとっつぁんよぉ」
「なんだいなんだい、うるせぇなぁ」
声色も話し方も、まるでそこに、おとっつぁんとせがれがいるようで。手ぬぐいの財布から、1銭をちょいと出せば、へいへい!と上手いこと懐に仕舞う。
こましゃくれたぼうやがおとっつぁんから、言葉たくみにとうとう六銭の小遣いをせびり取る。
浅草のお江戸言葉がリズムよく。
「そらぁおまえさん、三文で」
と、オチがつき、笑いと拍手がおこる。
っはぁー、うまいこと言うて。粋だねぇ。
二ツ目の講談師。
落語のようにオチはありませんのでね、今じゃ日本で100名ほどの講談師、今日は面白くても面白くなくても、「貴重なものを見た!」と心に刻んでお帰りいただければ…と、タタンッとハリセンを叩き威勢よく。
「時は元禄─」
豆腐屋とみすぼらしい物書きの先生のやり取りは、
「これ柳屋よ…」
「へぇ旦那さんよ」
と進んでいき、これ義理人情の物語でもって、盛り上がる。
「ありがてぇ、ありがてぇお侍さんよぉ!」
タタンッ!
情けは人の為ならずと申しますが─
と流暢なナレーションが入り
「これにて読み終わりといたします」
と、拍手の中、深くお辞儀して終える。
お涙頂戴の忠臣蔵外伝、いやぁいいもの見せてもらった。いいもんだねぇ、人情ってのはさ。
さあ、トリの真打さん。
さすがに小噺も、ざっと見わたす後期高齢者の面々に、「三途の川」だの「ご臨終」だのお年寄りジョークに会場がドッと沸く。
落語ってのはね、喜劇や怪談やありまして、オバケと幽霊の違いってのはね─
幽霊ってのは、生前、
とびーーーーーーーーーーーーーーっきり、の美人がなるものでございまして、
あとは、オバケということになりまして。
と、そのうちに「皿屋敷* 」がはじまる。
一枚、
二枚、
三枚、
幽霊でも、美人のお菊を一目見ようと出かける旦那衆と、噂の幽霊 お菊のやりとり。何度も何度も、一枚…二枚…三枚…のくだりについには、「はい、皆さんもご一緒に」なんてごっそり引き込まれ。
六枚を超え、あわや九枚を聞いてしまうかとヒヤヒヤしていると十枚…十二枚…十三枚…。ありゃりゃと思っていると
「明日はおやすみをいただきますので」
と、きれいにオチた。
今日一番の笑いと拍手。
お囃子の中、深くお辞儀をしたまま幕が閉まっていく。いやぁ〜、粋だねぇ。
はぁー、これが伝統芸能か。
座布団一枚と、扇子と手ぬぐいで、何人もが入れ代わり立ち代わり現れて、お蕎麦なんて湯気すら見えそうだったもの。
いやぁ、まったく、いいものを見せてもらった。ありがてぇ。お江戸言葉の調子良さよ。
家に帰った私が夫に向かって
「ちょいとお待ちよぉ、おまえさんよぉ。」
と呼びかけたのは言うまでもない。
てやんでぇ。
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「皿屋敷*」
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