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木製のボート

まっすぐに仰向けに眠る夫は
こぶし一つ分空けて隣に敷いたお布団で
スースーと寝息をたてる
ゴロゴロ転がって
そのお布団に潜り込み
そっとギュウッと
しがみつくみたいに

ほとんど寝たまま彼は
「ん〜」と息を吐くみたいに
体勢をゆっくりかえて
私の分だけぽっかり空けて

まるで
母パンダが子パンダを踏み潰さないよう
寝返りをうつみたいな自然さで

ぴったりとおさまる

スースーと上下する胸は
ゆらゆらと心地よく
足を絡めてしがみついても
微動だにしない大木のよう
木造の古い建物に入ったときみたいな
陽だまりに乾いた香ばしさ

「…どーした?」
「うん。起きないと…」
「ん…」

彼は起きなくてよくて
私は起きなくてはいけない朝

「起きる?」
「…」

ボートは心地よく
朝焼けの湖にうかぶ

「起きなきゃ…」
「…うん」

生えかけた髭 姿勢のよい寝相 穏やかな寝息

好きだとか愛だとか
そんなこととは別として
私はここが心地いい
ギュッとしても緩めても
たとえば噛み付いたって
「いたい」と言うだけのこと

「ねぇ、起きる?」
「…まだ寝る」
「ふーん」

ギューッと抱きついたって
熱いキスをしたって
覆らない木製のボート

だから私は
ここにいる

思うだけギューッとして
さっぱりと起きていく


ススーン…と大きな貴方の

寝息をおいて




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