
思い出は美化されるとかいうけれど。
二週間ぶりに会える日は、朝から抜かりなく段取りをして、祈るようにその時を待った。
私以外のことで、予定が狂うことはよくあって、それがこうして楽しみな予定の日にたまたま重なることは、何の因果だかよくあったから、
「今日はなにごともなく会えますように」
と、ことあるごとに胸の内に唱えていた。
やっと会えた貴方は、それでもいつものなんでもない日みたいに笑って現れて、たまらずに抱きしめたら、子どもをあやすみたいに背中をトントントンとして。なんだか子ども扱いされたみたいでちょっと悔しくて「会いたかった」って耳元に伝えたら、「私も」って、ギュッとするから、可愛すぎてボンッて体温が簡単に上がってしまう。
「ねぇ、柊?」と抱きしめた手をゆるめて、顔を覗き込もうとする彼女を、いまだギュッとして離さないのは、今、絶対顔が真っ赤で、見られたくないからで、あぁもう好きすぎてかっこ悪い。
気を取り直して、顔を見ると、近くて、こんな可愛かったっけってくらいどタイプで、やっぱり顔を背けてしまう。
「柊?」
そんなことになってるのに、彼女はいつも通りで「さっきね、家出ようとしたらルンバくんがね…」って、相変わらずのお笑いエピソードを伝えてくる。彼女の身の回りにはいつも、不思議と面白いことが起きていた。なんでそんなことが?ってことで、彼女の暮らしはなかなかにバラエティーに富んでいて。
「クワガタの虫かごのね、ヒモがルンバくんに絡まったまま部屋中を引きづり回してて…」
なんでだよ。腰に手をまわして、くっつきながら、そんな話を笑いながらするから、つられて笑ってしまって、なんだかんだで癒されていく。
「今日もかわいい」
「柊もかわいいよ」
「私はかわいくないの」
「かわいいよ」
いや、この人は自分の可愛さをわかっていない。全然わかっていない。童顔で、ニコッてするとえくぼができて、ちょっとだけ見あげる感じで目が合うと、瞳の色が茶色がかって、身長もそのサイズ感も抱きしめるとぴったりくる。派手すぎなくて、品良くて、ふんわりと優しい立ち居振る舞いに(たとえばペットボトルを渡すのでも両手を添えて丁寧に渡す)、やっぱり少し年上なんだなって、大人の色気すら感じて。
だから、時々困らせたくなった。
私だけに見せる顔を知りたくなった。
さっきまでくだらない話をして笑いあっていたのに、その口を塞ぎたくなって、彼女はびっくりしたみたいに固まってしまうけれど、そのうちに目を閉じて応じてくれる。長く深く。
髪を撫でて、耳に触れて、この可愛い人のいろんな顔を、声を聴きたくなる。それを知るのは、今は私だけ。
「…柊?」
「…だめだ、とめられない。」
「うん…いいよ」
この小さな身体に、どうしてそんな大きさがあるのかわからないけれど、広くて大きな優しさにいっぱいに包まれて、夢中になる。
どんな顔もかわいい。何をしてもかわいい。
潤んで、あごを突き出しながら汗ばむ彼女を、しっかりと抱いて、お互いを隔てる皮膚さえも邪魔で、ぴったりと隙間なく重なる。
気だるげな彼女になおも触れようとすると、
「もうダメ」と手首を捕まれて、掴んだまま微睡んでいく。無防備な寝顔がかわいすぎて、幸せすぎる。だめだ、好きすぎてこわれそう。
思い出は美化されると言うけれど、本当かな。
本当は、実物は、もっと可愛かった気がする。
切りすぎた前髪で幼く見えたときも、美味しいって食べにくそうなガレットを結局ガブッてしてたときも、インフルエンザで熱っぽい目でマスクをしていたときでさえ…。
あれ…待って、いや…顔が…。
あんなにもかわいいかわいいと見つめていたあの顔が、もう、あまり思い出せない…。
美化できるものならしてほしい。あれ以上になる思い出ってどんなだ。
もう、色あせて、セピア色みたいになっていく。
彼女の瞳も、笑顔も、思い出そうとすればフッと消えていってしまう。
追いかけても消えていく。
昨日見た夢みたいに。