連想とメタファー(たたき台)

はじめに
 精神療法、もしくは心理療法は主に言葉を介してやりとりされます。そのため、様々な学派で臨床で使われる言葉についての考察がされています。例えば、精神分析では、言語によって無意識と意識が構造化されていることについて神田橋條治『「現場からの治療論」という物語』が、防衛機制の層(古い学習、あるいは退行)について前田重治『自由連想法覚え書―古沢平作博士による精神分析』が、日本語臨床については北山修『北山修著作集《日本語臨床の深層》・全3巻』で論じられています。また、木村敏・坂部恵 監修『〈かたり〉と〈作り〉臨床哲学の諸相』では、臨床家と哲学研究者による日本語の〈かたる〉ことと、〈つくる〉ことについての論考が寄せられています。
 臨床では主に患者が話す言葉が主に注目されてきましたが、ワクテル『心理療法家の言葉の技術』のようにセラピストが話す言葉に注目したものもあります。どの学派の実践でも、面前で起きていることを観察しながら、患者が話す言葉を理解し、セラピストが応答していくという言語を介したやりとりで面接が展開していると考えられます。もちろん心理療法では、箱庭療法や臨床動作法、心理検査や描画法といった言葉以外の何かを介在させていくものありますが、本論ではセラピストが話す言葉とトランスの関係を中心に論じていきます。ちなみに、心理療法で何を介在させて、どのように展開していくかについては、衣斐哲臣 編『心理臨床を見直す“介在”療法ー対人援助の新しい視点』で様々な学派からの実践が論じられています。
 アメリカの精神科医であり、催眠療法家のミルトン・エリクソンは現代催眠、家族療法、ブリーフセラピー、NLPなどに大きな影響を与えています。エリクソンの臨床についてはゼイク『ミルトン・エリクソンの心理療法セミナー』、ヘイリー『アンコモンセラピー ミルトン・エリクソンの開いた世界』で知ることができます。家族療法では逆説処方やメタファーが、ブリーフセラピーではミラクルクエスチョンが、NLPではエリクソンの臨床での言語の使い方を分節した技法群(ミラーリング・キャリブレーション・アクセシングキュー・サブモダリティチェンジ・リンキング・スプリッティング・アンカリングなど)がその影響を受けています。NLPのエリクソンが臨床で使った言語の分析はバンドラー&グリンダー『ミルトン・エリクソンの催眠テクニックⅠ 【言語パターン篇】』と、ゴードン『NLPメタファーの技法』で知ることができます。エリクソンは伝統的な催眠と現代的な催眠の両方を使っていたとされています。伝統的な催眠は段階的な手続きや催眠誘導のスクリプトが定式化されており、現代的な催眠は必ずしも催眠誘導を用いないなどの特徴があります。
 精神科医であり、開業医である中島央は、エリクソンの研究からいくつかの論文を残しています。そして、催眠誘導を用いない自然なトランスを活用したトランス療法を提唱しています。本論では、中島央『やさしいトランス療法』から筆者が連想した「連想とメタファーの構造」を材料に、言語とトランスについて考察することを目的とします。方法としては、中島(2018)のトランス療法を参考に作成した「連想とメタファーの構造」を材料として分析し、その結果を元に連想とメタファーが人間の意識と無意識にどのように作用するのかについて考察します。また、考察ではトランスだけでなく、心理療法と言語についても考察していきます。
※「はじめに」では、文献名をあえて引用ではなく明示しました。以後は一般的な論文の表記に準じますが、エリクソンの略歴に関わる部分は読みやすさのために文献名を明示しました。また、文献からの、原文の引用は「“  ”」で閉じてあります。そして、筆者は医師ではないため本来は患者という言葉を使うべきではありませんがミルトン・エリクソン博士と中島央先生が精神科医ということから、患者という言葉をあえて使用したことはご了承いただきたいです。

研究史
1. 催眠療法の歴史
 高石・太田(2012)によれば、古典的催眠は1775年のメスメルの動物磁気の提唱から、1894年にフロイトが催眠を放棄するに至るまでの期間と考えられています。その間にもブレイドがヒプノティズム(hypnotism)を呼称したり、サルペトリエール学派を率いるシャルコー、ナンシー学派のリエボーとベルネイムが活躍しています。また、シャルコーとベルネイムに師事したジャネなどが催眠に関わっています。しかし、シャルコー、ベルネイム、リエボーから学び、催眠を通して無意識を発見したフロイトが、催眠誘導による治療を止めて自由連想法によって治療を行ったこともあり、古典的催眠は衰退していきました。その後、学習心理学のハルが催眠を実験研究したことで、催眠は科学的研究として扱われるようになりました。ハルの生徒でもあったミルトン・エリクソンは古典的催眠での権威的なアプローチや実験研究による標準化されたアプローチとは異なる、催眠者と被催眠者の相互的人間関係や間接的な暗示とメタファーを強調するアプローチを用いて、現代催眠に大きな影響を与えています。日本でも催眠は成瀬悟策を中心に研究されており、催眠研究から臨床動作法という日本独自の心理療法が生まれています。また、催眠では解離という非意図的な現象がみらます。ジャネは自動書記を研究し、解離をヒステリーに起因する病的現象と捉えました。ヒルガードは認知機能の構造から新解離理論を提唱し、催眠状態では意識の分割が起こり、「隠れた観察者」によって観察可能となると考えました。

2. エリクソンの略歴
 ミルトン・エリクソンは、1901年12月5日にアメリカのネバダ州オーラムで誕生しました。エリクソンは、幼い頃から大きくなったら医者になって人々を幸せにするという夢をもっていました。エリクソンには、読字や音調などいくつかの障害(色の見え方にも障害がありエリクソンが紫色を好んだのも見えやすかったからとされています)がありました。そして、1919年に高校を卒業した時に一度目のポリオに罹りました(この時エリクソンは17歳)。そのため身体的な不自由があり、1922年にはリハビリのためのカヌー旅行に出かけました。また、大学2年生の時にクラーク・ハルの催眠実験研究に参加し、3年生の時には催眠のデモンストレーションを手伝っていました。その後、1928 年医学部を卒業するとウェイン州立の総合病院に勤務しました(26歳)。1934年にウェイン医科大学の精神科教授の助手になり、1939年には助教授になりました。また、 アブラハム・マズローからマーガレット・ミードとグレゴリー・ベイトソンを紹介され、二人が調査していたバリ島のトランス状態について意見しました。1945年に『二月の男』のデモンストレーションが行われました(43歳)。1953年に二度目のポリオに罹りました(51歳)。1957年にアメリカ臨床催眠学会を創設し会長となり、医師や歯科医師などに臨床催眠セミナーを行いました(59歳)。1967年頃からは車椅子の生活になりました(65歳)。から1972年にロッシが弟子入りし、1973年にはザイクが弟子入りしました(70歳)。また、同年にヘイリー『アンコモンセラピー』が刊行されました。そして、エリクソンは1980年3月25日に78歳で亡くなりました。また、同年にゼイク『ミルトン・エリクソンの心理療法セミナー』が発刊されました。

3. 催眠の定義
 高石・大谷(2012)によると、高石は催眠の定義を、“催眠は他律的もしくは自律的な暗示により、独自でしかも多様な精神的身体的変化の惹起された状態である。まずは単調刺激への注意集中や暗示により現実意識の低下、没頭などの精神活動の内向化が生起する。暗示はさらに、運動、知覚、情動、思考への変化を非意図的に体験させ、その非意図的性のゆえにやがて自我機能が分断され、意識の解離に至るという過程をたどる。この過程では、催眠者と被催眠者の相互的対人関係が重要となり、被催眠者の動機づけ、治療同盟、催眠者の共感、自信、誘導技法などの要員が関与する。上に述べた催眠現象を利用することにより、催眠は独自に、または他の心理療法の促進法として、さまざまな心身症状を治癒に導くことができる。”としています。
 また、暗示について、高石・大谷(2012)は、“催眠と暗示には密接な繋がりがあり、暗示が催眠成立の必要条件であると同時に催眠効果の決め手となると考えられる。”と述べています。また成瀬(1960)は、暗示を“暗示とは、観念、信念、意図、行為、動作等の他のシンボルによって理性に訴えることなく無批判的に受け入れられ、または、それらが誘起され実行されるような心理過程である。”と述べています。このように、暗示は独自な注意集中により、運動、知覚、情動、思考への変化を非意図的に体験を引き起こし、没頭や意識の解離が起こり、その過程は相互的人間関係と動機づけが重要になると考えることができます。このことは、暗示による催眠誘導による催眠現象で起こる特殊な意識状態の特徴だといえます。また、暗示は、観念、信念、意図、行為、動作等のシンボル(象徴)によって無批判的に受け入れられ、それらが誘起され実行されることからは、暗示が通常の意識だけでなく、特殊な意識状態、あるいは無意識に働きかけることが考えられます。そして、エリクソン(1985/2012)自身は、無意識と象徴について、“無意識とは外界の方向づけを必要としませんが、そこに方向づける力がある象徴的思考を扱う心の一部を言います。だから無意識をコップ一杯の水として考えることができます。コップ一杯の水という具体的な小道具がなくても、きわめて明確に視覚化できます。思考、観念、記憶。そしてコップ一杯の水を理解することは無意識を知ることで十分なのです。”と述べています。このことから、エリクソンが無意識とは意識の思考が発生するような過去の学習の貯蔵庫と考えていたと考えられます。

4. トランスの概念
 中島(2018)は、“トランンス状態というのは「変性意識状態」ともいわれていて、日常を生きている我々の意識とは少し違った意識状態であるといわれています。主に観察されるのは「没入」といわれる現象と「解離」といわれる現象です。没入は、何かに集中して他のことや周りの存在を忘れ、内的世界に没入している現象のことを指し、解離は現実の感覚世界や意識世界から離れ、感じるべきことを感じなくなったり、記憶など意識されるべきことが意識されなくなったりする現象を指します。”と述べています。また、松原(2015)は、トランスの概念を“一般に、催眠者が体験者に催眠を「かける」というイメージが強いが、トランスはかけられて発生するものではなく、本人が常時出入りしている「状態」であり、それ自体は無害である。すなわち、トランスは各個人のものである。他者の認知できない五感の感覚や記憶を想起している状態をトランス状態とよぶ。すなわち、過去のことを思い出したり、予定について検討したりする時にはすべて人間はトランスに出たり入ったりしている。覚醒時の人間は常に何かしらの状態と関係があるのである。そして、それら軽いトランス状態を体験する場合、注意集中に何かしらの偏りが起こっている。没入も過覚醒もいずれもトランスである。現代の催眠ではこれらを広くトランスととらえられる。ゆえに、イメージ療法も自律訓練法もすべて広義の催眠と考えてよい。”と述べています。
 このように、トランスは自然(naturalistic)なもので、私たちは日常的にトランスから出たり入ったりしています。それは観念・感情・記憶、知覚と運動、そのイメージといったこれまでの人生を構成する学習にアクセスするときに現れる特殊な注意状態だと考えられます。これは、エリクソンが使う方向性(orientation)という概念に関係していると考えられます。また、無意識は身体から出ることはなく、あくまで間接的な表現として観察されるといえます。意識は身体から出てどこまでも自由になろうとします。あるいは、無意識は夢のように目の前に現れるものに素直に反応しながら忘れ去られ、それが必要になれば示されます。意識は外界を定位し、その定位から対象を選択し注意を向けます。無意識は断片的で文脈に規定されない、意識は継続的で文脈に規定されると考えられます。この時の注意の向け方が意識の方向性(orientation)だと考えられます。こうした無意識と意識の特徴が出たり入ったりしている状態、つまり知覚や運動のような身体感覚や記憶や時間感覚にアクセスしている状態が自然なトランスではないかと推測できます。これらはトランスについて考える時に重要であるといえます。

5. トランス療法とOASISモデル
 中島(2018)は、“自然にあるトランスと催眠によってもたらされる人工的なトランスの大きな違いは、自然にあるトランスには始まりも終わりもなく、無意識への入り口もしくは無意識そのものであるという点です。それはもともと我々の意識世界と共存しているところですから、誘導も解催眠も必要ないのです。したがって、トランス療法では、トランスは「入る」ものではなく、「呈する」ものら「使う」もので、以後はそのように表現します。自然なトランスをまずは発見し、その間口を広げ、有効に活用し、そのことで結果的にクライエントにとって有益な「何か」がもたらされる。それがトランス療法のイメージです。”と述べています。
 中島(2018)は、トランス療法の骨格として「観察・連想・混乱」の3つの手法をあげ、この3つが連動し、発生してくると述べています。そして、間接的であることとクライエントが「何か」を起こすという特徴から、OASISモデルを提唱しています(表1を参照)。そして、観察の重要性を示し、OASISモデルに対応する5つの「みる」について解説しています。これらの博物学的な観察を大事にする姿勢と5つの「みる」ことは、エリクソンの臨床の姿勢、自然主義(naturalistic)と利用(utilization)とつながっていると述べています。その中で、観察による連想から自然とメタファーが得られること、“メタファーは表面的な言葉(意識)とその裏側の意味性(無意識的なもの)からなっています、つまり無意識的な観察事項を置換して表現すれば、メタファーが成立します。”と述べており、メタファーが無意識と意識の多重コミュニケーションに関わることを指摘しています。そして、観察と連想を活用する方法としてメディアによる連想とアクネドート(逸話)をあげています。
 このように、エリクソンは自然なトランスを活用し、多重コミュニケーションという状況が発生にするアプローチを行なっていたと考えられます。また、エリクソンは患者の抵抗を利用し、無意識の抵抗と意識の抵抗の両方を扱っていたと考えられます。こうしたアプローチは、嶺の提唱した軽催眠状態によるホログラフィートーク(嶺,2017)と心理的逆転という考え(嶺,2019)に関連しているのではと推測されます。

表1:中島(2018)のOASISモデル
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観察する→Observe
連想する→Associate
混乱させる→Shake and Have a Secret(かき混ぜて秘密をもつ)
間接的に→Indirectly
何か→Something else

O→トランスに親しむ→診る
A→トランスを楽しむ→観る
S→トランスと遊ぶ→視る
I →トランスを大事にする→看る
S→トランスから何かが生まれる→見る
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問題
1. エリクソンの実践
 エリクソンは観察をとても重要だと考えていました。その観察は植物や動物といった生物の動向への関心による博物学的な観察の仕方だったと考えられます。エリクソンは解釈したり意味づけたりすることを嫌い、頭の中の理論に夢中になることよりも目の前で起きていることをよく観察するように弟子たちに伝えています。そして、相互的人間関係を大切にしており、患者だけでなく自分自身もトランス状態に入っていました。もしかしたら、観察に没入することでトランスに入っていたのかもしれません。
 エリクソンは意識は方向づけを必要とし、無意識は方向づけを必要としないと考えていました。おそらく、意識の思考があるように、無意識にも思考があり、それは異なるセオリーで動いていると考えていたのでしょう。エリクソンは、観察された無意識的なものと意識のセオリーとのずれが混乱を生むことを治療的に活用していました。中島(2018)によれば、無意識は身体から出れず常に間接的な表現として観察されます。それらの観察事項を言葉に置換えれば、自然と間接的な表現であるメタファーになります。また、挿入したり、散りばめたりすれば、無意識を刺激します。エリクソンの言葉は無意識的なものや、外界の変化を取り入れたり、患者の反応を禁止するのではなく、許容していく言語(〜することができる、〜していることに気づいいますか、〜する必要はありせん)や、接続詞(そして〜 and、〜すると as、〜していると during、〜するときに when、〜している間 while)を用いることで患者の反応を治療的に利用(utilization)していると考えられます。また、こうした反応を治療的に形成していくためにイエスセットが、反応や過去の学習を脱学習するためにリバースセット、幼い頃の学習を想起させる早期学習セットが使われていたと考えられます。
 このようにエリクソンは、姿勢や身振り手振り、発声、呼吸、筋肉の反射、嚥下反応、瞬き、眼球運動と瞳孔の変化、発汗、流涙などを観察していました。そして、その観察事項を、催眠スクリプトの「予告→合図→暗示→強化」の繰り返しに反映させていたと考えられます。それらをメタファーやアクネドート(逸話)として活用することで、患者のトランスが活性化し、無意識の思考・観念・記憶が動きだしたと考えられます。エリクソンは、このような内的な小さな変化が現実の行動となるように段階的な治療状況を仕立ていました。また、必要であれば患者の能力を育んだり、簡単な(時には意識のセオリーでは理解が困難で馬鹿ばかしいような)課題を出したり、外的な環境に働きかけていたと考えられます。
 中島(2018)によれば、ミルトン・エリクソンは暗示とトランスを切り離したと考えられます。つまり催眠誘導によって意識状態の変化を促進させて無意識をコントロールするやり方から、自然なトランスのような特殊な注意状態にアクセスすることで無意識のリソースを引き出すやり方へ変わっていったと推測されます。これが1945年のデモンストレーションをまとめた『二月の男』から1970年代の『心理療法セミナー』への移り変わりだと考えられます。その間にアメリカ臨床催眠学会を発足し医者と歯科医師へ向けての臨床催眠セミナーを行った時期や、アンコモンセラピーに記録された実践があると考えられます。つまり、定式化された伝統的な催眠誘導から、観察事項を置換したメタファーやアクネドート(逸話)を利用(utilization)したアプローチへ移行したと推測できます。また、中島(2018)は、催眠療法とトランス療法の違いを、催眠療法ではトランスを視て意識を診ており、トランス療法では意識を視てトランスを診ていると述べています。言い換えると、伝統的な催眠は外から内へと直接的に働きかけますが、エリクソンのアプローチは内から外へ間接的に働きかけていたということができます。
 ちなみに、日本語訳されたエリクソン関連の文献を当たってみると様々な技法の名前があげられています。これらはあくまで技法の名前であり、エリクソンの使った技法の一部です。しかし、エリクソンがどんなことをしていたのかという視点からみると、連想とメタファーの構造を分析する際にこれらの技法群がひとつの補助線になると考えられます。以下に日本語訳されたエリクソン関連の文献から抜粋した技法群をあげておきます(表2:エリクソンの技法)。

表2:エリクソンの技法群(筆者作成)
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悪ふざけ Joke
なぞなぞ Riddle
しゃれ(驚き、混乱、スペル間違い、ダブルテイク)Puns
散りばめ Interspersal
埋め込み Embedded
お話 Stories
暗喩メタファーMetaphor
類喩アナロジーAnalogies
逸話アクネドート Anecdote
屈折法(私の友達のジョン)Refraction
選択の錯覚(ダブルバインド)Illusion of Alternatives
イエス・セット The Yes Set
リバース・セット The Reverse Set
ノーセット The No Set
随伴暗示 Contingent Suggestions
年齢退行 Age Regression
健忘 Amnesia
時間歪曲 Time Distortion
置き換え Displacement
両極並置 Apposition of Opposites
矛盾話法 Oxymoron
分離 Dissociation
連想 Association
アンカーリング Anchoring
アナログマーキング Analogical Marking
前提 Presupposition
混乱技法(気を散らす技法)The Confusion Technique
驚愕技法(びっくりさせる技法)Surprise Technique
からっぽの言葉 Empty Word
隠意法 Implication
許容話法
俗語 Folk languages
象徴 Symbols
種蒔き Seeding
スプリッテイング Splitting
リンキング Linking
文脈的合図 Contextual Cues
非言語的マッチング Nonverbal Matching
能力や動悸を引き出すこと Evoking Abilities and/or Motivation
スキル形成 Building Skills
デフレーミング Deframing
リフレーミング Refreaming
直接暗示 Direct implication
間接暗示 Indirect suggestion
自明の理 Axiom
削除 Deletion
曖昧 Ambiguous
視覚的幻覚(映画スクリーン)技法 Visual Hallucination Technique
客観的理解を促す二段階による解離的退行
分化と克服
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2. 日本語で臨床すること
 中島(2018)は、日本語で臨床をすることについて言及しており、暗示を含む言葉が「最初にくる」英語と、「最後にくる」日本語では全く違うことを指摘しています。そして、暗示と明示(教示を含む)を考える時には、言語によるメッセージにはdenotation(デノテーション)と呼ばれる明示・直接・外延的な働きと、connotation(コノテーション)と呼ばれる暗示・間接・内包的な働きがあること(加藤,2003)を考える必要があるといえます。こうした暗示と明示については松原(2015)も論じています。また、佐藤(2022)は、英文法の構造から英語と日本語の違いを論じています。そこでは、英語はクリスマスツリー型の構造で自転車のように漕ぎ続けないと止まってしまい、日本語は盆栽型の構造でブランコのように漕ぎが安定していることを指摘しています。神田橋(2006)の、“言語は無意識と意識を構造化する”を参照すれば、言語によって無意識と意識の構造化のされ方が異なると考えられます。また、中島が指摘するように、言語の構造によって催眠誘導のスクリプトの働き方は異なるため、使用する言語の構造を把握して暗示と明示を考える必要があると考えられます。つまり、使用する言語の特徴を活用して、多重コミュニケーションという状況が自然に発生する方法を考える必要があるといえます。
 そして、記号論の生みの親とされるパースは演繹・帰納・仮説形成といった推論の形式や記号の三項論を提唱しました。また、言語学の生みの親とされるソシュールは人間の使う言語の構造を研究する言語学を提唱しました。また、ベルクソンは哲学的直観から意識・記憶・時間の概念を研究し、ドゥルーズはこれまでの哲学史を研究する中で発生論を取り込んだ独自の自然哲学を展開しました。本論では、こうした記号論や言語学、哲学や現代思想について詳しく言及しませんが分析の視点の参考にしていきます。

3. 構造主義方法論
 高田(1997)は、構造主義を方法論として論じています。その内容を要約すると以下になります。〈形式0〉の質問は「何が(=why)」、〈形式1〉の質問は「どうやってhow」となり、構造主義の扱う質問はつねに「〜するにはどうすればいいのか(=how)」〈形式1〉の形をとります。そして、構造主義の目的は「予想と制御」であり、決して真理などではなく、「構造主義」という「構造」さえも対象とする。構造主義で扱う「構造」とは、私たちが観察できる素材と素材の関係を吟味します。それは、言葉であり記号です。「ものの実体」を扱わずに、記号と記号の関係のみを問題とします。つまり、ある分野における「関係」の集合を「構造」と呼び、「概念と概念の間の関係」を扱うといえます。構造主義について、文化は一人一人の人間の行動痕跡の集大成であると考えられます。構造論的文化人類学のレヴィ=ストロースは時代を超えて同じ文化圏に生きる人間たちの行動の底流に共通したものが流れていると考え、精神分析学のフロイトは個人個人の行動の底流に流れている何かを考えました。この「何か」の実在は議論の対象にできません。このように、構造主義方法論では、「何か」を問わずに「どうすればいいのか」と問いかけます。それは、意識と無意識、言語の表層構造と深層構造という考え方にも通じています。
 中島(2018)も構造主義について触れており、高田(1997)を参考文献に記しています。また、高田(1997)は、構造主義の「予測と制御」のモデルとして東(1993)のシステムズアプローチを取り上げています。高田(1997)の構造主義方法論では、深部の意味や存在を決して問うことができないため、全体構造と下部構造という認識論から深部の意味や存在を問うのではなく、表層の働きを分析することで、深部の構造を見立てています。これは心理療法で行われる見立て(ケースフォーミレーション)に関係すると考えられます。
 そして本論では、心とは何か(What)とう問いかけではなく、心はどのように(How)という問いかる立場で進めていきます。また、ドゥルーズとフランス現代思想の研究者の小林(2008)は、ドゥルーズの構造主義理解を再考する際に、発生と構造の相補的関係において思考することが重要だと論じています。本論の検討でも、構造だけで考えるのではなく、構造主義への批判も取り入れた、構造と発生の相補関係から考察していきます。

目的
 本論では、問題で取り上げた、エリクソンは暗示とトランスを切り離したこと、使用する言語の構造を把握して暗示(無意識的なもの)と明示(意識)を考えること、構造主義方法論を発生と構造の相補的関係おいて思考すること、について、「エリクソンは何をしていたのか?」「構造的視点」「発生的視点」の3つの視点から分析します。分析には、構造についてはパーズの記号論、発生についてはベルクソンとドゥルーズの哲学を参考にしてます。その結果から「言語とトランス」、「日本語の構造と日本人の無意識」、「トランス療法とシステムズアプローチ」の3つの議題を考察することを目的とします。

方法
1. 材料と手続き
 筆者が中島(2018)を参考に作成した「連想とメタファーの構造」と、日本語訳されたエリクソン関連の文献から抜粋した「エリクソンの技法群」を材料に、言語とトランスの関係を構造と発生の相補的関係から分析した。
2. 連想とメタファーの構造
構造Ⅰ ガラガラポンの構造 shake & have a secret
⇒瀬戸(1995)を参考に、メタファーを機能で分類し図示してみる(図1を参照)。メタファー(比喩)を中心に、アナロジー(類推)とアレゴリー(寓喩)による象徴性と物語性という縦軸を圧縮の働きとし、メトニミー(近接関係)とシネクドキ(包含関係)による現実世界と意味世界という横軸を置換の働きとしてみる。さまざまな種類のメタファーの働きにより意識がガラガラポンされることで連想が生まれる。何が出てくるかはやってみないとみないと分からない(秘密をもつ)。

図1:瀬戸(1995)『メタファー思考』講談社現代新書、を参考に筆者が作成したメタファーを分類した図


構造Ⅱ  穴あきチーズと骨組みの構造 space / frame
⇒穴あきのメッセージを伝えることで、相手の無意識が埋める何かに任せる。または、観察されるものに類似した骨組みのメッセージを伝えることで、その骨組みから相手の無意識が何かを組み立てることに任せる。

構造Ⅲ とんちとなぞかけの構造 confusion & Surprise
⇒答えのない説明や、何をといている(問いている状態と解いている状態の両方を含む)のか、わからない質問をすることで意識を混乱させる。もしくは文脈に働きかけ意識の前提を解体することでデフレーミングさせる。このとき自らも少なからず混乱、健忘、解離の状態にある。

構造Ⅳ こうであるし、こういうこともあるの構造 double bind / oxymoron
⇒相手の意識を観察し視えてきたことを材料に意識のこうであるというセオリーを視る。そして、相手の無意識を診てこういうこともあるというセオリーを診る。視ることと診ることをくり返しながら、こうであるセオリーとこういうこともあるというセオリーのズレをアクネドート(逸話)というメッセージで伝える。意識に上がれば混乱し、無意識に下がれば没入していく。
※こうであるし、こういうこともある構造には、compose(部分が全体を構成する)と、comprise(全体が部分を構成する)といった関係や、包含(implicate)や集合(A かつ B、A または B の混同)などの働きにもつながってくる

構造Ⅴ 散りばめとすべりこみの構造 embedded&interspersal
⇒会話のなかに散りばめられたメッセージ、もしくは無意識が開いたタイミングでメッセージがすべりこむ。こちらも、意識に上がれば混乱し、無意識に下がれば没入していく。
構造Ⅵ 逸話、象徴、擬音の構造 anecdote / symbols / onomatopoeia
⇒逸話・象徴・擬音や擬態は概念化される前の前概念であり、身体感覚と概念の間にある言葉である。概念化される前のものを、概念化せずに扱える。
構造の機能を以下の8つと考えてみる
①confusion & surprise(混乱・驚愕させて文脈を外す)
②shake & have a secret(かき混ぜて秘密をもつ)
③interspersal(滑り込み)
④embedded(散りばめ)
⑤space(穴あき)
⑥frame(骨組み)
⑦double bind(二重拘束)/ oxymoron(矛盾)⇒ compose(部分が全体を構成する) / comprise(全体が部分を構成する)⇒implicate(包含)…etc.
⑧anecdote(逸話) / symbols(象徴) / onomatopoeia(擬音語)
※①と②は相称的に、③と④は異質同型的に、⑤と⑥は相補的に関係性がある。
⑦は意識から無意識へ働きかけ、⑧は無意識から意識へ働きかける。

分析
1. エリクソンは何をしていたのか
 「連想とメタファーの構造」の6つの構造は、間接的にエリクソンが実践していたことを表していると考えられます。それは観察された無意識的なものと意識のずれによる混乱によって、無意識が(患者の役に立つ)何かをすることに任せることだといえます。観察されることから連想されるものは自然とメタファーになり、メタファーは無意識、あるいは身体の間接的な表現になるのも自然なことだと考えられます。

2. 構造的視点
 言語が無意識と意識を構造化しているのなら、言語の構造を考えることが無意識と意識を理解する一つの方法であると考えることができますが、それは無意識と意識そのものの理解ではありません。エリクソンは無意識の心と意識の心を分離させることでトランス状態に誘導していました。エリクソンは無意識と意識の構造の理論ではなく、治療の方法として構造を使っていたと考えられます。その方法は、方向づけられた意識、あるいは意識による外界の事物への定位の在り方をくずすことで、方向づけを必要としない無意識、あるいは無意識による内界の記憶・観念・感情、運動と知覚のイメージといった患者の人生を構成するあらゆる学習から患者のニーズを達成するために役立つ「何か」を差し出せるようにしていたと考えられます。つまり、患者が忘れている能力を患者自身の為に利用(utilization)できるように、無意識のセオリー、あるいは無意識的なものの動向といった自然(naturalistic)なものを活性化させていたと考えられます。
 古典的な催眠療法の定式化された誘導は無意識をコントロールして意識を治療しますが、エリクソンのアプローチは方向付けられた意識や意識による外界への定位の在り方をデフレーミングすることで無意識(身体)が患者を治療できるようにしていたと考えられます。そのために暗示とトランスを切り離し、ダブルミーイングやトリプルミーインやスペルによる言葉あそびをしていたと考えられます。また、言葉だけでなく椅子などの空間を使ったメタファーや、解離を使った異なる時間軸からの観察も定位をくずし、方向づけと定位を再構成するための方法だったと考えることができます。

3. 発生的視点
 エリクソンは患者と患者のニーズに沿って治療を方向づけていました。そして、患者のこれまでの全人生の経験や本人も知らない能力をニーズを達成するために開発していました。その為に、トランス状態にある時の記憶を健忘させたり、意識の思考では理解できなように欠落していたり、断片的だったりするメッセージを伝えていたと考えられます。エリクソンは解釈や意味づけることよりも、患者が何かするための始めの一歩となる変化を患者自身の内的世界から喚起していたといえます。それは、植物や動物といった生物の動向のような発生的な視点であったと考えられます。また、エリクソンは、意識は論理的な思考をしており、無意識は象徴的な思考をしていたと考えていたのかもしれません。それは、エリクソンは論理的な思考によって構成されたものをくずすことで、象徴的な思考が、潜在的なものから発生するものを現働化することができるようにしていたと考えられます。リフレーミングを例とするなら、リフレーミングされるのは意味ではなくて生活構造であり、その際にフレームがデフレーミングされ、新たなフレームから生活構造が組み立て直されます。
 そして、エリクソンは、問題に拘束された状況を見立て、どちらを選んでも、その人が良くなるように状況と自身の役割を仕立てていたのでしょう。また、リフレーミングするのはその人自身であり、それができる状況を整える無意識に任せていた。それは、その人が「何か」することを支えることで、そのために必要な状況や能力を段階的に育んでいく。リフレーミング以前に文脈が構成されていることが必要で、小さな潜在的な変化を、行動によって現働化させていったと考えられます。
 このようにエリクソンの方法は、構造的な側面と発生的な側面の相互作用を生かしていたと考えられます。晩年のエリクソンは、自分のことをボロ馬車に例えています。いくつもの障害を乗り越える為に努力し、あらゆる学習をリフォームしてきたエリクソンらしいメタファーだと思います。そして、エリクソンは車椅子に乗ったままで、バラバラになるまで走り続けるつもりだと伝えるのです。エリクソンは、無意識のリフォーム業者であり、意識の解体業者だったのかもしれません。

考察
1. 言語とトランス
 メタファーの機能は言語の構造と関係していると考えられます。そして、メタファーの機能は人間の人間の思考の元となるような類似が大きく作用しているといえます。類似していることが、反応の指標となり、何かを表す象徴となっていく過程は、人間の始原的な思考、あるいは植物や動物のような生物的な思考なのかもしれません。もう一方で、何かを定義し、その定義から問いを立て、その問われたことを明らかにすいく過程は、人間の論理的な思考、あるいは言語や記号のような論理的な思考といえるのかもしれません。このようにメタファーは無意識的なものと意識的なものを架橋したり、こうであるという意識の働きをくずして、こういうこともあるという無意識、あるいは身体に貯えられている潜在的なものを現働的に発生させたりすると考えられます。また、メタファーには身体や空間的な位相を表したものが多く、間接的な表現であるため、暗示のように作用すると考えられます。もう一方、直接的な表現は具体的な指示が明示されているといえます。論理的な思考は原因と結果というような明らかな因果律を好み、象徴的な思考は物語のような含意のある因果律を好むといえます。メタファーには身体的な活動を喚起したり、空間的な位相を再構成する作用がるといえます。つまり、メタファーは象徴的な思考と論理的な思考を架橋したり、象徴的な思考を活性化させると考えられます。ここでいう象徴的な思考は「類似・指標・象徴」が、論理的な思考は「名辞・命題・論証」が連動することで働いていると考えられます。そして、身体や空間的な位相だけでなく、意味的な階層や関係、物語的なものを表すものもある。また、こうしたメタファーによる作用は、年齢退行や時間歪曲のような主観的時間が伸びたり縮んだりする状態や、解離やカタレプシーのような分割されたり切り離されたりする状態への作用にも関連していると考えられます。つまり、時間感覚や意識の分割といった内的世界の変化を誘発する作用があると考えられます。方向づけられた意識による感覚、思考、行動、感情は直接的には変えずらいといえます。その為、他の要素との関係から扱ったり、適切な距離から観察してみたりする。時には、対象となる要素を実験的に測定・記録して反証したり、外的な環境や生活リズムに働きかけたりしむす。エリクソンの場合は、それを知覚、観念、運動(不随意で潜在的な)、情動、といったより内的世界にある働きに向かって間接的にアプローチしたと考えられます。エリクソンは、患者に解離状態から観察させることで、その経験の閾や質がより安全なものに変化できるような治療状況を、患者との相互的対人関係の中で形成しています(客観的理解を促す二段階による解離的退行)。これはホログラフィートークの軽催眠状態に類似していると考えられます。ちなみに、本論では触れていませんが、エリクソンが意識の抵抗と無意識の抵抗の両方を丁寧に扱ったのは心理的逆転の取り扱いに関連していると推測することができます。ブレント・ギアリー博士は、エリクソンの実践を、認知行動療法的な枠組みで解説したり、系統的脱感作法を提唱したウォルピを引き合いに出したりしています(2019年のワークショップを映像化した『エリクソニアン催眠「催眠の枠組み」によるアセスメントとアプローチ〜うつの治療、不安治療、怒りのマネジメント、パフォーマンス強化〜』チーム医療ラーニングを参照)。トランス状態や軽催眠状態での客観的観察は再学習が起こりやすく、そこでの体験はエクスポージャーに類似した作用があると考えられる。

2. 日本語の構造と日本人の無意識
 日本語は様々な言葉を散りばめ、その言葉を「てにをは」のような助詞で結びつけたり、関係づけたりしながら、最後に終辞でまとめることで構成されています。また、身体的なメタファーが多く、身体で理解する表現も多くみられます。佐藤(2022)によれば、英語は、事実に対して肯定と否定の判断が直接的に表現され、客観的な事実を空間的に配置することで伝えるのが特徴だといえます。一方、日本語は、関係の中から自分の心情を間接的に表現する特徴がみられます。こうした言語の構造の違いが、日本人の無意識を特徴づけていると考えられます。日本人は、あるものを別の何かに見立てたり、何かと何かの関係に自分の立場を映し見たりします。立場や場所によって言葉遣いを変えたり、何かが憑依したかのように振る舞ったと思えば、ことが終われば忘れてしまうのは、どこかトランスを連想させます。
 上田(2023)は、日本での心理臨床の現状を個人心理療法から再考しています。そこでは、ドゥルーズの潜伏性(virtualite)を用いながら、日本流心理療法が絶対的な「本質」を同定しないことがユーザーの複雑さと多様さを受け取る容器となると述べています。日本には、森田療法、臨床動作法、壺イメージ療法、収納イメージ法、ホログラフィートークといった独自に生まれた心理療法があります。これらは、本論で考察してきたトランスに関係していると考えられます。これらの療法を再考してみることは、日本語の構造と日本人の無意識を理解することに役立つのかもしれません。

3. トランス療法とシステムズアプローチ
 中島(2018)は、トランス療法を観察による追従モデルだとしている。一方、ストラテジー療法と、ブリーフセラピーやシステムズアプローチを反応性の瞬発力を求められる先取りモデルと考えていたことが推測されます。高田(1997)が言及していたように、システムズアプローチは「予測と制御」のモデルだと考えられます。システムズアプローチの臨床では、「情報収集(観察)→仮説設定(見立て)→治療的介入(働きかけ)」といった過程を基礎動作とされています。一方、トランス療法では、「観察・連想・混乱」の3つの連動が骨格とされています。この両者を対にした構図からは、論理的な思考と象徴的な思考の構図が連想され、方向づけや状況に定位された枠組み(認知的なフレーム)を持ったシステムと方向づけを必要とせず定位の外れたトランスという考えが浮かんできます。
 実際に、筆者の体験として、吉川悟先生のシステムズアプローチのワークショップで練習したイエスセットや文脈構成などが、中島央先生の催眠療法のワークショップによってより理解できたり、すとんと腑落ちたりすることがありました。それまでは、システムズアプローチと、臨床催眠や臨床動作法、フォーカシングやイメージ療法といった内的体験を促進するモデルが馴染まずにいたことがありましたが、システムとトランスが両立していると腑に落ちてからは、違和感なく活用できるようになり、臨床に上手く馴染んでいった経験があります。エリクソンは、無意識的なものと意識のセオリーのずれを自然に使っていたため、それが多重コミュニケーションになっていたのかもしれません。

おわりに
1. 臨床上の注意点
 以上が本論の考察となります。但し、臨床上で注意する点がいくつかあります。トランスは自然なものだからといって臨床催眠のような説明や同意という段階を踏まずに無闇に使って良いというのは間違いです。自然なトランス自体が無害でも、何か他のものとくっつくことで異なる症状が出てしまったり、悪化してしまうこともあります。また、トラウマティックな体験や関係性の傷つきを体験した人などにセラピストが一方的に緊張を解くような働きかけをすることで除反応を起こしてしまうこともあります。必ず働きかけは段階的に、患者に説明と合意を得ながら、不随意反応を含めた反応をよく観察して働きかけ方を柔軟に変えていくことが必要です。その時に、耐性領域(window of tolerance)と治療の窓(therapeutic  window)いう考え方と、振り子運動(pendulation)と滴定(titration)という最適な機能レベル(適切な覚醒レベル)を患者自身が調整していくことが大切になります。その為には、セラピストが患者の身体・心理・社会的な境界(boundary)を侵襲しないように、患者自身が安全安心な境界を自分で引けるように援助する必要があります。加えて、トランスを使えば誰でも効果的な心理療法ができるわけではなく、トランスを観察し活用するためにはイエス・セットのトレーニングやスクリプトを繰り返し書き直して精度を高める作業など、セラピストが必要な能力を身につけてこそ患者の役に立てるといえます。

2. 今後の課題
 本論では、連想とメタファーからトランスと言語の関係について論じました。しかし、言語の時間の側面(時制と時相、あるいは哲学などが扱う時間論)については論じることができませんでした。催眠のスクリプトには未然という未来に関する時相が関わっています。たとえば、「〜するにつれて〜していることに気づいていますか。そして、あなたは〜していることを楽しむことができるのです」という構造のスクリプトには、観察によって得られた予告が今起きていることを合図として働き、暗示によって精神的身体的変化が喚起され、その現象が強化されていると考えられます。このように言語には時間の側面から考えることがいくつかあり、それは今後の課題としたいです。また、トランス療法の倫理的な側面、トランスと解離性障害との関連についても論じることができればと考えています。その際に、本論で触れることのできなかった、カタレプシーと呼ばれる、筋緊張が高まり同じ姿勢が保持される状態を、トランスと解離の特徴である意識の分割と「隠れた観察者」(あるいはエリクソンの客観的理解を促す二段階による解離的退行)との関係から考察する必要があると考えています。

引用文献
アーネスト・L・ロッシ&マーガレット・O・リアン(1985/2012)催眠における生活構造のリフレーミング エリクソン言行録第2巻.亀田ブックサービス.
上田勝久(2023)個人心理療法再考.金剛出版.
加藤繁(2003)記号と意味.勁草書房.
神田橋條治(2006)「現場からの治療論」という物語,岩崎学術出版社.
北山修(1993)北山修著作集《日本語臨床の深層》・全3巻.岩崎学術出版社.
木村敏・坂部恵 監修(2009)『〈かたり〉と〈つくり〉ー臨床哲学の諸相』.河合文化教育研究所.
小林卓也(2008)ドゥルーズにおける構造主義再考.年間人間科学,29-1,p. 21-38.
佐藤良明(2022)英文法を哲学する.アルク.
瀬戸賢一(1995)メタファー思考.講談社.
高石昇・大谷彰(2012)現代催眠原論 臨床・理論・検証.金剛出版.
高田明典(1997)知った気でいる人のための構造主義方法論入門.夏目書房.
デイヴィッド・ゴードン(1978/2014)NLPメタファーの技法.実務教育出版.
中島央(2018)やさしいトランス療法.遠見書房.
成瀬悟策(1960)催眠,誠信書房.
前田重治(1984)自由連想法覚え書―古沢平作博士による精神分析.岩崎学術出版社.
松原慎(2015)第3段階の治療,診断と治療 第103巻第8号,1075-1080.
嶺輝子(2017)ホログラフィートークとトラウマ治療.そだちの科学第29巻第10号.
嶺輝子(2019)「楽になってはならない」という呪いートラウマと心理的逆転(「助けて」が 言えないーSOS を出さない人に支援者は何ができるか).日本評論社.
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参考文献
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ジェイ・ヘイリー(2001)ミルトン・エリクソン子どもと家族を語る.金剛出版.
ジェイ・ヘイリー(1973, 1986/2001)アンコモンセラピー ミルトン・エリクソンの開いた世界.二瓶社.
ジェフリー・K・ゼイク(1980/1984)ミルトン・エリクソンの心理療法セミナー.星和書店.
ジェフリー・K・ザイグ (1985/1993)ミルトン・エリクソンの心理療法 出会いの三日間.二瓶社.
中島央(2005)心身医学的症状と催眠ーエリクソン催眠を中心に .催眠学研究,第 48 巻第 2 号.
中島央(2009)ブリーフセラピーにおける見立ての方向性:Milton H Erickson の発想から.ブリーフサイコセラピー研究第 18 巻 2 号.
松木繁(2017)催眠トランス空間論と心理療法─セラピストの職人技を学ぶ.遠見書房.
松木繁(2018)無意識に届くコミュニケーション・ツールを使う─催眠とイメージの心理臨床.遠見書房.

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