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映画時評『火の鳥 エデンの花』
本当はデビッド・フィンチャーの『ザ・キラー』が観たかったのに、劇場公開が終わっている……。チクショウ、結構ショックだ。
なのでほぼノーマークだった『火の鳥』を観に行きました。
スタジオ4℃で、あの『ムタフカズ』の監督作品だということも、全く知らずにいきました。そして帰ってあわてて『火の鳥 望郷編』を読み返しました。
あらすじ
ロミとジョージは地球から彼方、辺境の惑星エデンにロケットで降り立った。故郷から逃亡した二人は、生き物の気配さえないこの場所を、誰にも邪魔されない二人だけの新天地に決めたのだ。
しかしジョージが、水源を確保するために機械で掘削していたところ、崩落に巻き込まれて命を落としてしまう。
残されたロミのお腹には、もう一つの命が宿っていた。
ロミは息子にカインと名づけ、成長を見守った。しかしこのままでは、ロミが死んだあと、カインを一人にしてしまう。
ロミは冷凍睡眠に入り、時を超えてカインを見届ける決断を下した。しかし神のいたずらか、機械のメーターは狂い、壊れ、ロミを1300年の眠りに閉じ込めてしまう。
果てしない時間からロミが目覚めたとき、そこにあったのは、新たな文明とカインの子孫による王国だった。
キャスト&スタッフ
企画の発端は8年も前にさかのぼり、4℃社長でありプロデューサーの田中栄子氏が、思い入れのある手塚治虫の『火の鳥』を、それも映像化されていない『望郷編』をやろうということでスタートしたようだ。
なので、監督の西見祥示郎よりも、田中さんの思惑が強くでた映画だと感じました。そしてそれは本企画を『エデンの花』とディズニープラスで配信されている『エデンの宙』の2パターンに分裂してしまう。どうやら両者でエンディングが違うようです。
田中さんは『望郷編』を『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラのように、全てを奪われた女性が、最後に見せる底意地、生きる決意で締めくくりたかったようで、一方観てないのでなんとも言えないのですが、『エデンの宙』は西見監督の意向が反映された結末となっている。
手塚先生その人の『望郷編』はというと、手塚作品はどれもそうなのですが、雑誌掲載版と単行本とで、原稿を大幅に修正をする人なので、何パターンもの『火の鳥』が存在する。ヘッダー画像に写ってる僕の『火の鳥』は角川版で、手塚先生的にはディレクターズカット最終版になります。
これしか読んだことないので、比較はできませんが、他の『望郷編』、朝日ソノラマ版などでは、近親相姦に加えて、カニバリズム描写まであるそうで、最高ですね。
僕が観に行ったときには、劇場に親子連れなどもおりました。
しかし安心してください。本作品には、そのような過激な描写は一切ありません。砂糖マシマシ、超マイルドブレンドでございます。
それじゃあコアなSF、アニメ、映画ファンに刺さる深度に達していないのかといわれると、そうでもない。魅力は後述。
主要キャストは、宮沢りえ、窪塚洋介と、まあ声優ではなく俳優なのですが、これもまあ良いとしよう。劇場アニメなんかで、なぜ声優ではなく俳優を起用したがるのか。それはプロの声優のみで固められたアニメは、ある種の声のデフォルメが施され、一定の虚構のラインが引かれてしまうからだ。アニメでは可愛い声をした声優も、一歩外に出れば「アニメ声だね」なんて言われるでしょ? それくらい虚構感のある特殊な声色なのです。でも俳優を混ぜて声を当てれば、そうしたアニメっぽさで固まってしまうのを回避できるというわけです。僕の持論です。
レビュー
『ムタフカズ』の製作陣から放たれる映像の数々は、オシャレで可愛く、キャラクターなども、4℃っぽい絶妙にメインストリームから外れた顔で作画されるので、醸される雰囲気は唯一無二です。
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ロミもむちゃくちゃ可愛くなってる。
作監の西田さんは、かわいい女子を描くのは苦手だと言ってましたが、全然そんなことないよ。
『エデンの花』のロミは母性が強くて、手塚原作よりも母親という感じです。
いい画像が転がってませんでしたが、エデンに到着したばかりのころのショートヘアのロミが一番かわいいかも。ファッションとか、宇宙船内のインテリアがいちいちおしゃれで『ムタフカズ』です。
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出てくる建築やメカなんかも、全部レトロフューチャーで可愛い。
原作にも出てくる鉱物生命というやつも、改めて映画で見ると結構衝撃的だったりする。無機物が意志を持ってうろついている世界というのは、何か生命の掟に反しているようで、ぞくぞくさせられるのだ。
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プロダクションデザインが楽しめる時点で、SF映画としてはもう100点が出てるんですが、ストーリーについても少し書きます。本作は原作を大幅改変した『望郷編』になります。
原作にない要素としては、ロミの地球時代の友達としてチヒロが出てくるところです。たしか『復活編』のキャラです。ロミが地球で捕まった際に助けに来てくれるのですが、摩天楼を駆け抜けたり、改造手がレーザーコンパスのようになって、かなり分厚いガラス窓をくり抜いたりするのですが、かっちょええ。
手のひらからはワイヤーも射出できて、ビルにぶら下がったり、敵を絡め取ったりします。お前そんなにアクションできるロボットだったんかい。本作MVP。
チヒロの見た目は人間ですが、コムがテレパシー視点で見たときだけ、膚の下にある本当の姿が見えるというのも、にくい演出なんだこれが。
「わたし、心ありません。頭脳とメカニズムだけ」なんてセリフがまたいい。原作とニュアンスが違うよ……。
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さて『望郷編』は英語だと、Phoenix:nostalgiaだそうで、それがロミを地球へと駆り立てる感情の正体です。
SF、そして望郷と聞けば、ティプトリーの『故郷から10000光年』を思い出します。この短編集ではぶっちぎりで『故郷へ歩いた男』が好きなんですが、なぜ望郷というものが、ティプトリーという天才の心をとらえ、手塚治虫に『望郷編』を描かせたのか。
なぜ私たちを切なくさせるのだろうか。
さっき鉱物生命というものが、生命の掟に反していてぞくぞくすると書きましたが、それはそこに、地球とのいかなる絆も見出せないから、そう感じるのでしょう。
地球の動植物は、多かれ少なかれ相同器官があり、DNAを遺伝子として、細胞を基本単位にできあがっているという共通点があります。線対称だったり、雌雄があったりとかね。
しかし、鉱物生命には、そうした地球の動植物とのいかなる親しみも感じさせません。(食虫植物っぽいやつも出てきますが、見なかったことにしてくれ)
この絶望的な距離にゾッとするのだ。『望郷編』で描かれようとしていたものであり、ティプトリーが暴き出したものだ。
原作のロミが、近親相姦までして子孫を増やしたのは、ジョージの血を絶やしたくなかったからだと、誰かが書いていた。
それは生殖本能で片付けられるものではなく、地球との絆を断ち切りたくないという強烈な衝動からきているのだと僕は考えたい。
チヒロという、かつての友人、今はロボットという存在も、地球との絆が断ち切れておらず、人間の名残りを感じさせるからこそ、いっそう切ない存在として現れるのだ。
遥かな時間と、広大無辺な空間、そうした絶望的な距離に隔てられてもなお、かすかな人間の残滓を見つけてしまうのが、切なく、悲しく、滑稽で哀れなのだ。
かつて私たちはこんな種族だった。それは地球ではなく、人類という種への望郷なのだ。
まとめ
なぜかティプトリー作品に対する理解が深まった映画鑑賞でした。
『望郷編』の内容をいい感じに忘れてたので、変なバイアスを持ち込まずに観れたのが良かった。原作未読推奨。
4℃作品好きな人はダッシュで観にいくといいですよ。
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