逃げたって良い
こんにちは!限界金欠大学生、湊 笑歌です!
先日、投稿させていただいた自己紹介ですが、色々な方からスキをいただいてとてもうれしいです!
反応してくださった方、誠にありがとうございました!
今回は私の過去を踏まえて少し語っていこうかなと考えております。って、お前は19年しか生きてないのに何してんだー!って怒られそうですけど(笑)
少し長くなってしまいますが、ぜひ読んでくださると幸いです!
湊 笑歌の過去
小中学生
私は超が付くほどの元気な子でした。
小学校から色々なクラブに入っており、野球、体操、水泳、空手。とにかく活発で明るい子で、よく通りすがる人みんなに挨拶してました。
中学校では野球部に入って、ありがたいことに1年生から試合に出させてもらっていました。
ほかにも、体育祭では団長をやっていたし、合唱祭では指揮者を自分から手を挙げて立候補していました。
小中学生の時は生きている人間みんないい人だって思ってましたね。とてもノー天気な子供でした。
高校生
さぁ、いよいよ青春の始まりです!
そう思いながら高校に入学する人も私だけじゃないはず(笑)
変わらず私は野球部に入りました。毎日毎日きつい練習きつい練習。でも野球が好きだから、自分はへたくそで、早く追いつきたいから、自主練も欠かさなかった。
正直すごくきつかったけど、やりがいはあったし楽しかった。どんどん日が進み、夏休み前、3年生の先輩が引退した後。
なぜか、グラウンドに足を向けると胃が痛くなってめまいがした。
なんと、上下関係や見て見ぬふりをしていた、部活動特有のギスギスした雰囲気に体が耐えられなくなってしまっていたのです!
私は、誰にだっていいところはあるし、人間みんな話せば分かり合える。と自己暗示をかけ続けていました。
そうやって自分をコントロールすることにストレスを感じていたのです。
瞬く間に私の体調は悪化していきました。
イップス(投球障害)になってしまい、ワンバウンドでしかボールを投げることが出来なくなってしまい、このチームにいたら私はお荷物でしかない。と、考えるようになったのです。
私は夏休み前に、9年間という長い野球人生に幕を閉じたのです。
病名は、、、
いじめ
高校生になっていじめ!?って思いましたよ。正直思ってたよりいじめって辛いんだって思いました。
クラスに行ったら野球部のやつに悪口を言われるんですよ。野球部をやめて、弱っている私がそんなの絶えられるわけがないじゃないですか。
家でも学校でも何回も吐きました、吐けるほど食べてないから胃液しか出ないっていうのがほとんどでしたけどね(笑)
私がお腹が痛いって言っていたから母が病院に連れて行ってくれたんですよ。
内科に行ったら心療内科に回されました。
心療内科って何ぞや?って思ってましたね(笑)
適応障害
これが医者から言い渡された病名でした。本当に嫌な名前ですよね、そのまんまですもん(笑)
何回も何回も病院に通いました。でも困ったことに、明確な治療法はないんですよね~。
夏休み前っていうのもありましたから、5回休んだだけで夏休みに入って、出席日数には響かなかったっていうのは運がよかったですかね。
文章に起こすのが難しくて、いろいろ端折って書いているからあまり辛そうではないですが、あの時は死ぬことも視野に入れてました。
そこから。
こんな暗くて、自分よがりな文章をここまで読んでくださりありがとうございます!
これからはどうやってこの状況から立ち直ったのか、です!
私を救ってくれた方が二人います。(両親は抜くものとする)
それは、当時の先生とある小説家にあります。
恩師について
当時の恩師は国語の教師で、とてもサバサバしている教師でした。
成績を付けるときは、「私は成績に私情は挟まない」と何回も言っていました。
私が休んだ時はいつも決まって17時あたりに電話がかかってくる。休みの連絡を朝にしているというのに。
「体調はどうだ」「何か気になることはないか」「無理をするな」
教師としての義務を真っ当していただけなのかもしれないが、私はそれがとても嬉しかったのです。
学校に復帰した後も、「病院に行く日は終わったら電話をしてくれ」など最後の最後まで尊敬できる恩師でした。
ちなみにここまでしてくれていた先生の国語の授業の成績は3年間通して、
5段階評価ほとんど2
尊敬する作家について
尊敬する作家とは、もう気が付いた方もいるかもしれませんが、私の名前の由来でもある 湊 かなえ 先生です!
学校に復帰してから誰にも話しかけられたくなかった私は、読書にいそしむことに決めたのです。
そんなとき本屋で見かけた湊かなえ先生の『告白』という本を気まぐれに手に取り買いました。
正直、本の種類なんてどうでもよかったのですが、初めて『告白』を読んだ時、私は初めて本に殴られている感覚になりました。結末まで読むと、湊かなえ先生の虜になっていました。
また、何冊か読み進めると、私も人の心を動かせるような文章を書けるようになりたいと。そう考えるようになっていました。
それが今の私の夢につながっています。
最後に。
こんなに長ったらしい文章を書いたのにもしっかりと理由がありまして。何を言いたいかと言いますと、逃げたいときは迷わず逃げろ!ということです。
あの時私は野球部や、辛いと思った現状から逃げたから今の自分があります。
私は不登校な子や不安や悩みを抱えている子と一人でも多く友達になりたい。欲を言えば救ってあげたい。エゴだって言われてもいい。自分の様に逃げるという選択をとっても良いんだと教えてあげたい。
これがブログを初めて最初に言いたかったことでした。
こんなつまらない文章をここまで読んでくださりありがとうございます!
最後まで読んでくださるみんなが大好きです!