遅くにきた青春〜追憶の尾道〜
まだ、学生服を身に纏っていた頃、実家の尾道市向島町から渡船を渡り山中にある尾道市栗原町の高校へ自転車で通っていた。船が通らなければ波の立たないほどゆるやかな尾道水道を越え、山の坂道を駆け上がっていく。友人との出会い頭にどちらが早く登れるか競争しようとけしかける、途中のコンビニで菓子パンの買い食い、これだけ見れば高校生の青春だろう、、。
ただわたしにとっては違った、授業が終わりほぼ毎晩部活に明け暮れる毎日で日常は忙殺されていた。
自転車を降りて仲良く歩く、尾道水道の近くで夕日が沈む時間に談笑する。この後宿題しないとね、明日のグラウンドマラソン(定期的にグラウンドを周回する苦行があった)だるいね、と辺りが暗くなるまで取り留めのない話をする。そんなことはまるで、ない。
そして現在、尾道を離れて会社勤めの日々を過ごし、わたしはオンラインコミュニティの仲間と会うために新設されたJR尾道駅で待ち合わせをしている。
私が参加しているオンラインコミュニティではランニング/ウォーキングで見た景色を共有したり、各々が走ることを通してつながるランニング部がある。基本はオンライン上でのコミュニケーションだが、たまにオフ会を開催することがある。今回は、広島市内で事前に作成したコースを走ることを目的として、その1日前、「前日祭」と称して尾道市でウォーキングをすることにした。
当日は朝から快晴で、風が心地よく尾道駅からきらきらと反射して輝く水面が見えた。
参加者は4名で1名は午後から合流し、尾道市内を3名で回った。それぞれ、長野や横浜、東京から集まってくれたメンバーで、わたしの出身は尾道市向島町だけれど京都から来た。遠方のメンバーの集まりだった。
尾道駅を起点に、駅前の渡船で向島町へ渡る。向島から愛媛の今治へ、連なる島々はしまなみ海道のサイクリングコースになっている。海や山の中を走るコースはサイクリストの口コミで有名になり、平日でも10名程度の人が続々と渡船に乗り込み、自転車で駆けていく。
わたしたちは歩いて東側にあるもう一つの兼吉の渡船を目指す。向島の要である地方のホームセンター「ユーホー」(関西のコーナンのような店舗)の話や海沿いにある唯一とも言える娯楽施設のパチンコ店が景観の問題で潰れてしまった話など他愛のない話をして歩いた。
再び、渡船に乗り尾道の本土へ渡る。海沿いは堤防があり、通路が整備されていて自転車や歩く人が行き交う。向島にある鉄鋼所から聞こえるカンカンと響く音、船のエンジン音や停泊している小舟の擦れる音が聴こえる。尾道水道沿いはひたすら開けた場所で、歩いていて心地がいい。
海沿いから国道に差し掛かると、浄土寺の長い階段が見えてくる。文化財に登録されているお寺や二重の塔が建っている。境内から見下ろすと、さきほどまで歩いていた海沿いの景色が見えた。
山沿いは、26ヶ所ある古寺巡りができるように狭い通路でつながっていて石畳の道と坂道が続いていて、上がったり、下がったり急峻な坂道をまた登ったり、、、進みながら海や向島、市街の景色、電車の風景が様を変えて見えた。坂道の途中には半壊した家屋や現住している家屋が連なっていて、他にはかつて使われていただろう汲み上げ式井戸が残っている。
夕方頃、再び尾道駅に戻り、後で合流する予定だったメンバーと合流した。再び市内へ繰り出し、今度は本通りのアーケードがかかる商店街へ進んでいいく。しまなみ海道や山からの風景が有名になったことで観光客や移住者も増え、活気が出たのだろうか、商店街沿いのお店は変わっていた。サイクリングショップや雑貨屋、カフェなど気になるお店がいくつかある。
夕方になり少しずつ辺りが暗くなる頃、夕食を駅前のお店で予約しているため、尾道駅方面へと戻る。食事前だったが、「おいしいアイスがあるのでせっかくなので海沿いで食べましょう」ということなり、『からさわ』のアイスモナカを買って食べた。海に向かって堤防が伸びていて先へ移動し西側を見ると、夕日は沈みかけ夕焼けが空を覆っていた。アイスのしゃりしゃりとモナカのパリパリは口の中で交わり美味しさを感じながら目で海と空と山のつながる景色を眺めていた。
周りを見ると、同じようにアイスを買って堤防の上や、がん木の段差に腰掛けて談笑しながら食べる学生がいた。彼女らはこうやって授業の終りの日が暮れている時間を過ごしている、そこには海沿いのまちの日常の風景が混ざっていた。
夕焼けを見ながらしっぽりしていた頃、夕食まで1時間ほどある。
「山に隠れている夕日が見えるかもしれないと山の方にあがりましょう」と、商店街を北へ抜け坂道へ入る。わたしはもう夕日は見えないだろうな、と思いながら、見えるかもしれない夕日を目指して仲間と坂道を小走りしていくことを心の中で楽しんでいた。そして、坂道を登りながらなんとなく自転車で坂道を駆け上がっていた頃を思い出していた。
山にはいくつか展望台がある。午前中に訪れた浄土寺、頂上近くにある千光寺、そして尾道城跡の展望台だ。わたしたちは見えるかもしれない夕日を目指していつのまにか尾道城跡の展望台の道を辿っていた。
振り返るといつのまにか、さきほどまでいた海沿いや商店街が小さく見えた。息を切らしながら尾道城跡の展望台を登り、見えない夕日が赤く照らす夕焼けと海、向島の風景が目の前に広がっていた。一呼吸おくとまちは街灯や窓から漏れる光りに照らされて、遠くにはグラウンドのナイターが眩しく光っている。尾道水道をゆっくり移動する渡船、尾道大橋や国道を走る車、土地や街並みをまとめて一望できる。徐々に先ほどまで話をしていたメンバーの顔は見えなくなり、一層オレンジの空が輝きを増していた。早くに出た鋭い円弧を描く三日月もオレンジ色に染まるようだ。
展望台から尾道商店街に降りると、あたりはすっかり暗くなって商店街の街灯や駅の光が眩しく見えた。見上げると、先ほどまでいた尾道城跡の展望台が見える。
展望台から見えていた景色はもうなかった。少しの寂しさを感じながら思う、確かにあったのだ、先ほど見つめていた空も、高校生の頃自転車で坂道を駆け登った日々も、、、。
その後、夕食に舌鼓を打つ、ここで語ることはないが美味しかった。身体を動かしたため、暖かい和食が身体に染み渡るのがわかった。その時には、もうすでに目の前に出される料理の数々に夢中になっていた。