コミュニケーション障害:コミュニケーション考3―爺のお勉強note
6.コミュニケーション障害はインペアメントかディスアビリティか?
障害には、本人自身の問題であるインペアメント(impairment)と、本人ではなく社会環境に問題があるディスアビリティ(disability)の二種類があります。
熊谷晋一郎(東京大学先端科学技術研究センター准教授)さんは自閉スペクトラム症[1] (Autism Spectrum Disorder 以下「ASD」と略す。)の診断基準が「社会的コミュニケーションの障害」となっており、そのコミュニケーション障害が周囲の環境とは切り離された本人自身の固有の問題であるインペアメントだとされていることに疑問を呈しています。
同氏によると、一般に流布している説は、ASDは他者関係における障害が根本にあり、他者関係における視覚触発(他者の眼差しのようなものを感受する現象)を受け取れないことが障害の基底にあるとする説です。要するに、ASDはコミュニケーション障害が根本にあり、それはインペアメント、つまり本人の問題だということです。
しかし、同氏は、ASDの基底にあるのは定型発達者[2]いわゆる健常者との知覚等の認識の「解像度」の違いだとしています。ASDの人の知覚認識は高解像度でそれをまとめ上げるのが困難で時間を要するのだと。
この辺の議論はとても面白いのですが、その議論はさておき、要するに、熊谷晋一郎さんはコミュニケーション障害はインペアメントではなくディスアビリティ(社会環境に問題がある障害)だと主張しているのです。少々長くなりますが以下に紹介します。
さらに同氏は、ディスアビリティとしてのコミュニケーション障害の例を次のようにあげています。
ここから学ぶべきことは、当事者(お年寄り)にコミュニケーション障害があったとしても、それはインペアメントではなくディスアビリティ、つまり、環境や受取側の問題という可能性もあるということです。
ASDにはコミュニケーション障害(インペアメント)というレッテルが貼られていますが、高齢者介護でも同じことがあると思います。
認知症介護で語られる、いわゆる「偽会話」つまり、メタ・コミュニケーションも、普通のコミュニケーションでなく、「偽会話」しかできない当事者はコミュニケーション障害((インペアメント)があると判断されます。
その結果、職員がその当事者とのコミュニケーションを諦めてしまう怖れがあります。しかし、メタ・コミュニケーションも立派なコミュニケーションであることを忘れてはいけません。
介護は対面的なコミュニケーション行為を必須とするわけですが、コミュニケーション障害(インペアメント)を有する当事者への介護では、コミュニケーション行為は成立しないと考えるのは早計です。
介護の世界では先に紹介した約束事形成としてのコミュニケーション、共同的コミットメントとしてのコミュニケーションが蔑ろにされ、職員による「意味の占有」がなされている場合もあるように思われます。
そしてその理由、原因が当事者のコミュニケーション障害、つまり、インペアメントにされ、環境又は関係性に問題のあるディスアビリティだと考えることはほとんどないと言っていいでしょう。
介護現場では職員がコミュニケーション障害(インペアメント)を理由として、当事者とのコミュニケーション、コンタクトを取らなくなる怖れがあります。それはまさしくコミュニケーション障害(ディスアビリティ)なのです。
そして、コミュニケーションの相手とみなされなくなった当事者は、もはや交流できる人(当事者)ではなくなり、Abuse/虐待の対象になりかねません。
メタ・コミュニケーション、約束事形成としてのコミュニケーション、共同コミットメントとしてのコミュニケーションについては次のnoteをご参照願います。
意味の占有については次のnoteをご参照願います。
7.やさしい日本語
最近の介護現場で気になるのは外国人労働者とのコミュニケーションです。
コミュニケーションが上手くいかないと・・・
「あなた、日本語がわかってるの?私の言ったことわかる?(怒)」
「あなたの言っていること全然わからない。もっと日本語勉強して!(怒)」等々
日本語で上手くコミュニケーションできない外国人労働者を責めたりしている光景を時々目にします。
日本人並み、ネイティブスピーカー(native speaker)[3]並みの日本語能力を求めるのは、日本への同化圧力の一つでしょう。
また、外国人労働者に日本語能力を過剰に期待する人たちはたぶん語学で苦労したことのない人たちなのでしょう。
コミュニケーションは相互行為です、この相互行為を成立させるのは双方の努力が必要です。
介護施設では当然、日本語でコミュニケーションするわけですが、その際、コミュニケーションを成立させる責任は日本語のネイティブスピーカーにあると思います。
外国人労働者の日本語が下手だから会話が成立しないのだと外国人労働者を責めるのではなく、日本人がきちんと彼ら・彼女らの拙いかもしれない日本語を理解しリードしていく責任があると思うのです。
私は、介護現場でも日本人職員に対して「やさしい日本語」教育を行うべきだと思っています。
「やさしい日本語」とは、外国人等にもわかるように配慮して、簡潔・簡単にした日本語のことです。
「やさしい日本語」には「なるほど」と思えるようなアドバイスがたくさんあります。以下に少しだけ紹介しておきます。
・一文は短くする(一文に言いたいことは1つだけ)
婚姻をするときは、役所に届出をし、届出が受理されると、婚姻が成立します。
やしい日本語 ⇒ 結婚するときは、役所に「婚姻届」を出します。役所が「婚姻届」を受理すると、結婚が成立します。
・3つ以上のことを言うときは、箇条書きにする(3つ以上のことを言うとき、接続詞で文をつないでいくとわかりにくくなります。)
入会をご希望の方は、窓口にお越しいただくか、ホームページでの申込み、または電話・FAXでお申し込みください。
やさしい日本語 ⇒ 入会をご希望の方は、3つの申込み方法があります。
窓口での申込み
ホームページでの申込み
電話・FAXでの申込み
・回りくどい言い方や不要な繰り返しはしない
問題があるということになる。
やさしい日本語 ⇒ 問題がある。
・二重否定を使わない
在留カード以外は必要ありません。
やさしい日本語 ⇒ 在留カードを持ってきてください。
わからないわけではない。
やさしい日本語 ⇒ わかる。
介護現場でも是非この「やさしい日本語」を取り入れてもらいたいと思います。
コミュニケーションは相互行為です。ですから、コミュニケーション障害をインペアメントとして一方的に相手のせいにせず、双方の課題、双方の関係性の問題として捉え、お互いをよりよく理解できるようにしていこうとする姿勢が大切だと思います。
[1] ASD自閉スペクトラム症は多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる生まれつきの脳機能障害。症状としては言葉の遅れ、反響言語(オウム返し)、会話が成り立たない、格式張った字義通りの言語など、言語やコミュニケーションの障害が認められることが多い。
[2] 定型発達( typical development, TD)とは発達障害でない多数派の人々を意味する用語。
[3] ネイティブ‐スピーカー(native speaker)とは、ある言語を母国語として話す人。この文脈では日本で生まれ育った人。