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ケアプランとは何ぞや?


1.二種類のケアプラン

 介護保険制度においては、介護報酬を受け取るためには、まず当事者(高齢者)のアセスメントを行いニーズを特定し、介護サービス計画、すなわちケアプラン(施設サービス計画や居宅サービス計画など)を策定します。その後、当事者及び家族に計画を説明し、同意を得た上で、その計画に沿って介護サービスを提供することが基本的な流れです。
 このプロセス・過程全体をケアマネジメント・システムとでも名付けておきましょう。ポイントはこのケアマネジメント・システムは介護保険上のシステムであるということです。
 注意しなければならないのは、ケアマネジメントと言っても、アセスメントから始まるプロセスは同じようなものなのですが、居宅サービス計画と、施設サービス計画とでは介護保険上の性格が異なるということです。
 違うものなのですが、それらは、介護サービス計画(通称、ケアプラン)と呼ばれているのです。

2.居宅サービスのケアプランは事前保険請求書

 介護保険で訪問介護や通所介護などの在宅の介護サービスを利用する場合、利用者が、いつ、どこで、どんなサービスをどのくらい利用するかを記載した居宅サービス計画を作ることになります。この居宅サービス計画がなければ、償還払いとなってしまいます。
 償還払いというのは、まず利用者が介護サービス料の全額を支払い後ほど介護保険から保険給付(所得によって利用料の9割から7割)を受けるというものです。
 介護保険の基本は償還払い(給付が後払い)なのです。ただし、居宅サービス計画書を提出すれば現物給付、つまり、介護サービスの利用料負担が最初から所得に応じて1割から3割で済ませることができるのです。

 普通の商売で言えば、事前に請求書(居宅サービス計画書)を提出すれば、保険給付分を差し引いた金額の支払いで済むということです。保険者にとってみれば、この事前の請求書がなければ保険給付額を算定できませんから、「後で清算しましょう(償還払い)」ということになるわけです。
 ですから、この事前の請求書の提出は利用者にとってはとても大切なのです。

 利用者から「私は、来月、○○円分の介護サービスを利用するので保険会社さんはその9割の△△円を介護事業者に支払っておいて下さいね」というのが居宅サービス計画(ケアプラン)で、利用者に代わってそれを作成し保険会社に提出するのが居宅介護支援事業所介護支援専門員、通称、ケアマネジャー(略称・ケアマネ)なのです。
 居宅サービス計画は利用者が作ってもよいのですが、介護保険制度を理解して作成するのはほぼ無理でしょう。
 やはり、ケアマネに依頼せざるを得ないわけです。
 ケアマネは良く言えば介護保険の専門家、皮肉っぽく言えば保険事務屋さんと言ったところでしょうか。
 こんなことを言えば大顰蹙だいひんしゅくをかってしまうでしょうけど。

3.客観性・計画性の担保としてのケアプラン(施設サービス計画)

 訪問介護や通所介護や介護老人福祉施設などでは、それぞれ訪問介護計画、通所介護計画、施設サービス計画などの通称ケアプランを作成し、利用者に説明し同意を得て交付しなければなりません。

 これらのケアプランと言われる計画は、利用者及びその家族の希望及び利用者についてのアセスメントの結果に基づいて、総合的な援助の方針、生活全般の解決すべき課題、介護サービスの目標及びその達成時期、介護サービスの内容や留意事項等を記載したものです。
 介護サービスは単なる行き当たりばったりではなく、利用者の意向やニーズに基づき、計画的に提供されなければならないのです。
 この計画(ケアプラン)がないと事業者は運営基準違反に問われ、報酬の3割減算とか指定取り消しとかというペナルティが課されてしまうのです。

 介護サービスはニーズに基づいた計画的な提供でなければならないという建前に基づいたものです。
 何故、建前と言うのか。
 実際には、実際に介護サービスを提供する現場の介護職がこの施設サービス計画などを見たことがないというような施設も多くあるからです。

 何故、このようなことが起こるのでしょうか。

 施設サービス計画等も利用者または家族への説明、同意、交付が必要です。ですから、施設サービス計画には介護サービス提供の具体的方法、詳細な仕様を記載するわけにはいきません。なぜなら、利用者の状態変化に合わせて、日々、介護サービスの提供方法や仕様を変更する度に、利用者または家族への説明、同意を得ることは無理だからです。

 例えば、利用者がカレーライスを注文した場合(ケアプラン)、そのカレーライスの調理はプロのシェフに任せます。ポークカレー、ビーフカレー、シーフードカレーなど、注文に応じた種類である必要がありますが、通常、お客様が調理方法を指定することはありません。

 介護サービスも同じです。利用者に入浴していただくにしても、一般浴なのか、中間浴なのか、機械浴なのか、それとも全身清拭なのかは利用者のその日の状態によるでしょうし、季節に応じた配慮も異なってくるでしょう。
 このようなことは、やはりプロの介護職に任せた方が良いのです。
 介護職の関心は、このように移ろい易い利用者の心身状況レベルへの対応ですし、介護サービスは日課、週課などの業務計画に沿って提供されるのでケアプランなどは見なくても介護にあまり支障がないのです。

 実際は利用者に交付したケアプランとは別に、介護職が作成する個々の利用者の介護方法についての個別介護計画とか介護指示書とか介護レシピ(recipe)があり、それが介護職とっては一番に参考にすべきもの、最大関心事なのです。

 ケアマネジメント・システム、とくに施設サービス計画としてのケアプランは、計画ではあっても、介護の方向性は示すことはできますが、現場の介護実践に直接的に結び付いていないのです。
 ケアマネジメントはPDCAサイクル を回して継続的改善を目指すものなのですが、それを有効に機能させるためにはケアプランだけでは不足なのです。もっとさまざまな工夫が必要なのです。

※ 低い個別介護計画作成率

 介護福祉士養成校や介護職員初任者研修や介護福祉士実務者研修では介護過程について学びますが、これは、介護のPDCAのことでしょう。
 このPDCAのPlanがご個別介護計画や個別支援計画、個別援助計画等といわれるもので、先ほど紹介した介護指示書や私の言う介護レシピに該当するものです。
 これは、介護支援専門員(ケアマネ)が作成する施設サービス計画とは別のもので、ケアマネが作成した施設サービス計画(ケアプラン)をベースに、長期目標、短期目標、そのケアの内容を詳しく記したものとされていますが、ようするに、実際的、具体的にどのようにケアを提供するのか(How)を記載したものです。
 私はこのような個別介護計画はとても大切なものだと思います。

 しかし現実は、介護職員が学校や研修などで介護過程や個別介護計画について学んだところで、実際に個別介護計画を作成する機会は少ないようでとす。
 介護職員が個別介護計画を作成している施設は特別養護老人ホームで31.6%、介護老人保健施設で33.1%というデータがあります。
 ようするに、介護保険施設の約三分の一程度しか個別介護計画を作成していないのです。とても残念なことです。

(参照:「介護現場における介護過程実践の実態調査及び効果検証に関する調査研究事業(2106年度 社会福祉推進事業)p28」)

4.当事者及び家族のコミットメント?

 ケアマネジメント・システムには、専門家(介護支援専門員など)と非専門家(利用者や家族)間の非対称性が存在し、通常は専門家が利用者や家族を説得する過程となっています。
 その結果、利用者や家族がケアマネジメントに積極的に参加し、コミットする条件や環境が整っていないのが一般的です。
 介護サービスにおいて、利用者やその家族が持つ希望や願いがあっても、現場の厳しい状況がそれを叶えることを困難にしており、これが利用者や家族のコミットメントを妨げているのかもしれません。

 利用者や家族にとって、コミットメントの実態は、空腹で近所の食堂に行ったが、メニューがフランス語で書かれており、何をどう選べばいいのか分からず、結局は店員に選択を任せるようなものだと言えます。
 何か食べられれば、それだけでよくて、気になるのはお金のことだけです。

 利用者、家族からしたら、ケアマネジメンが意志決定支援だと言われたといたら・・・「はて?」といった感じでしょう。

5.ニーズとアセスメントの問題性

 ケアマネジメント・システムの起点にあるのは当事者のニーズ(needs)という概念です。ケアマネジメント・システムを考えるときに、まず、このニーズについて考えておく必要があります。

(1)パターナリスティックなニーズ判定

「ニーズ」という概念は、介護サービスを提供する上で重要な概念であり、頻繁に用いる専門用語です。

 上野千鶴子(社会学者)さんは、この「ニーズ」の判定がパターナリズム(paternalism)的だと指摘しています。

 そもそも、当事者(the party involved)とはニーズの帰属する主体であり、ニーズとは、欠乏や不足という意味からきている。・・・一般的には、何らかの基準に基づいて把握された状態が、社会的に改善・解決を必要とすると社会的に認められた場合に、その状態をニード(要援護状態)とすることができる(三浦文夫)。この定義によればニーズとは第三者によって社会的に決定されるものである。ここには当事者の介在する余地はない。事実、社会福祉学におけるニーズ概念を検討すれば、ニーズの判定者は当事者ではなく、第三者優位の概念構成がなされている。社会福祉学ではその関与者によって「主観的ニーズ」と「客観的ニーズ」とに分類される。「主観的ニーズ」よりは「客観的ニーズ」の方が、社会的承認を伴うことでより適切なニーズであるという規範的な含意がこの概念には前提されている。この区別そのものがパターナリスティックなものである。
 また、ニーズは援護水準によって「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」とに分類される。「顕在ニーズ」が当事者によって自覚されたニーズであるのに対し、「潜在ニーズ」とは、当事者によっては自覚されないが、専門家や第三者によって判定されたニーズを言う。定義上、顕在ニーズより潜在ニーズの方が援護水準が高いと見なされているから、この用語法の背後には、当事者の判断能力を低く見て当事者に代わってニーズを判定する専門家の代行主義があるだけでなく、専門家が当事者にとって常に「善意の他者」であるとするパターナリズムがある。

引用:上野千鶴子 2011 『ケアの社会学』太田出版P68,69

 ニーズ概念は本人の主観的な願いでも訴えでもなく社会的な概念なので、当然、その社会を代表する専門家が深く関与せざるを得ないのですが、そこにパターナリズムが介入する余地が生まれてしまいます。
 この「ニーズ」概念がケアマネジメントにおける情報の非対称性、権利の非対称性の基盤となっているのです。 

 ケアマネジメントにおける関係性は、相談する人と相談される人、支援が必要な人と支援する人という関係性ですので、一般的なネゴシエーション(negotiation:交渉)とは異なり、交渉者の間の対等性は原理的にあり得ないのです。

(2)アセスメントの視点~インペアメント/ディスアビリティ

 ニーズを明らかにするために行うのがアセスメント(評価)です。このアセスメント項目には、身長や体重、ADL、IADLや利用者の行為・行動に関わる評価があります。
 このアセスメント項目のなかで当事者の行為・行動に関わるアセスメント項目は、当事者と介護者や環境との相互関係の結果と言えます。

 例えば、利用者が食事をなかなか食べてくれないとか、着替えるとき抵抗するとか、入浴を拒否するとか、暴言を吐くとか等々は当事者と介護者の相互関係の結果でもあるのです。
 当事者が食事をなかなか食べないのは、介護者の食事介助方法が悪いからかも、食事が不味すぎるからかも知れません。このような当事者の行為・行動に関する評価について一律に利用者側の問題、つまりインペアメント(impairment)と軽々に判断することには問題があります。

 インペアメント(impairment)とは、利用者本人の身体の特徴としての障害であり環境から独立している障害のことです。これに対して、ディスアビリティ(disability)という概念があります。これは当事者、障がい者側の問題ではなく介護者を含む社会環境の側に問題があり、環境との相互作用で発生したり消えたりする障害のことです。

 そして、障害に関する概念モデルとして「医学モデル」「社会モデル」があるりますが、インペアメント(impairment)は「医学モデル」が前提としている障害であり、ディスアビリティ(disability)は「社会モデル」が前提としている障害です。
 ちなみに。これらの「医学モデル」と「社会モデル」を統合したとされているのがICF(国際生活機能分類:International Classification of Functioning, Disability and Health)という国際的な障害分類です。

 高齢者介護におけるアセスメントでも、しっかりとインペアメントとディスアビリティを識別しきべつすることが大切です。
 特に、コミュニケーション能力や社会との関わり、「問題」行動などは、インペアメントではなくディスアビリティの可能性が高いと思われます。さらに、ADL、IADLも、インペアメントとディスアビリティとの区別が微妙なところもあるかもしれません。

 アセスメントで評価していることが、個人の身体の特徴、個人の特性、環境とか関係のないインペアメント(impairment)・障害なのか、それとも、当事者(お年寄り)側だけの問題ではなく社会的環境、物理的環境の側に問題があり、環境との相互作用で発生するディスアビリティ(disability)・障害なのか、「医学モデル」で考察するのか、「社会モデル」で考察するのかを常に意識し考慮する必要があるのでしょう。


 意志決定について以下のマガジンもご笑覧願います。


6.過剰サービスを支えるケアプラン?

 従来から住宅型有料老人ホームにおいて訪問介護サービスが過剰に提供され過剰請求がなされているとの疑惑というか業界常識がありましたが、最近では、「PDハウス」(東証プライム上場の施設介護大手・サンウェルズが運営)などに代表される、難病や末期がんの人の介護、看護、そして看取りを担う「ホスピス型住宅」「ホスピス型有料老人ホーム」「医療特化型有料老人ホーム」などと呼ばれる施設の過剰サービス提供、過剰請求が注目を集めています。 

 こうなるとケアプランとは金儲けの手段、過剰請求を隠すアリバイにしかならないでしょう。もはや、介護サービス利用者のニーズがどうだとかの話しなど関係ありません。収益拡大のために単に過剰サービス提供のためのエンジン役・推進役さえ果たせば良いのです。

 ある会社では「ケアプラン率」という目標値がありました。
 介護保険制度においては、要支援1から要介護5までの各要介護度に応じた区分支給限度基準額が定められています。たとえば、要介護1の場合は16,765単位(約167,650円)、要介護5の場合は36,217単位(約362,170円)が、介護保険からの月額給付の上限額として設定されています。
 ケアマネのノルマとしてこの区分支給限度基準額の95%以上を目標としてケアプランを作成せよというのです。
 このような会社はケアマネジメント・システムの趣旨を全く無視していると言わざるを得ません。このような理不尽な社命はケアマネジャーの心を蝕むことになってしまいます。

 「ケアプラン率」や「社命としての過剰請求」は、ホスピス型施設だけの問題ではありません。その施設の入居者たちの居宅サービス計画を作成している居宅介護支援事業所の介護支援専門員(ケアマネ)の職業倫理を著しく毀損きそんしまうのです。
 
 居宅介護支援事業所、介護支援専門員(ケアマネ)の独立性、中立性を確保するためには、居宅介護支援事業を公益的な団体にしか認めないとか抜本的な政策転換が必要でしょう。



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