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LIFEの可能性 科学と介護1


1.LIFEと科学的介護

 介護において、利用者をアセスメントし当事者(入居者・利用者)を客観的科学的に把握し、ニーズを抽出してそのニーズを満たすべくサービスを提供するという考え方が基本なのだと思います。 

 昨今のLIFEによる科学的介護エビデンスに基づいた介護(EBC:Evidence・Based・Care)もこのような客観的・科学的介護を推進にするためのものです。

 LIFE・科学的介護情報システムは、Long-term care Information system For Evidenceの頭文字をとってライフと呼びます。
 LIFEは2021年春より本格導入され、介護事業所などが介護データをシステムにアップロードし、システムのアルゴリズム[1](algorithm)を用いてそれを評価し、介護事業所にフィードバック[2](feedback)することにより、PDCAサイクル[3]の推進をとおしてケアの質の向上、介護の効果を図ることを目的とするものです。

 もちろん、これは介護の質の向上にとって大切なことでしょうが、次に記すような懸念もあることを忘れてはいけないと思います。

2.アウトカム評価と訓練施設化

 LIFEというシステムから得られるビッグデータ[4](Big Data)の解析により、介護サービスのアウトカム評価[5](outcome)も進んでいき、ADLの改善などの情報を当事者別または施設別で比較評価することが可能となり、アウトカム評価が定着していくことでしょう。
 アウトカム評価とは、ようするに介護した結果、要介護者の自立度が改善し、介護度をどの程度下げたかを評価するものです。

 アウトカム評価が徹底されれば、介護老人福祉施設なども生活の場であることを止めてADL向上のための訓練施設と化していくという懸念もあります。つまり、介護施設での現在の生活が未来のアウトカムに向けて手段化されていくことになるのです。


 生活が手段化されることについては、次のnoteをご参照願います。 


 介護のアウトカム評価により、職員と当事者(お年寄り)は新自由主義的な国家の欲望(介護保険財政の「健全化」「自立の推奨」「自己責任の強調」)を内面化していくのです。

3.客観化・客体化の罠

 介護は客観的・科学的という視点だけでは捉えきれないはずです。
 私の懸念は、客観的・科学的介護の潮流の中で介護サービスを利用する人々の当事者性、固有性、実存がないがしろにされていくのではないかということです。
 なぜなら、客観的・科学的に当事者(お年寄り)を分析・理解するということは、徹底的に当事者を客体化することにつながるからです。
 そして、科学的な客観化、客体化のみでは当事者性、固有性を蔑ろにし、当事者を徹底的に事物として理解し取り扱うようになると思います。
 当事者を客体化するとは、当事者を職員が働きかける客体とすることであり、当事者は働きかけられる存在、受動的存在であって、自ら考え、感じ、環境に適応しようとする主体として見なさなくなる怖れがあります。

 当事者が完全に受動的な存在として介護施設に立ち現れるとき、当事者の訴え、主観は無視され、業務の論理・都合が最優先される「業務日課」至上主義が強化され、はびこっていく怖れがあるのです。
 しかも、ここでもパターナリズム(温情的庇護主義)により職員の自意識は全くの善意であって、当事者を客体化し、当事者の訴えに耳を貸さず、粛々と業務を遂行していくようになりかねないのです。

4.LIFEによる知識・情報の非対称性の拡大

 LIFEという介護ビッグデータのおかげで、専門家たちは介護に関する科学的な有益な知見を得られるようになります。このことにより、専門家と当事者(家族含む)との知識・情報の非対称性がさらに拡大することになるのではないでしょうか。
 その結果、専門家たちは「当事者や家族は科学的なことは理解できないだろうから、私たち専門家に任せておけばよい。」と思うようになり、お年寄りや家族たちは「私たちは専門家のいっていることは難しくてよくわからないから、ただただ、専門家の言うことに従うしかない。」と思うようになるかもしれません。
 ようするに、当事者やその家族は、より受身になっていくことになるのではないでしょうか。

 知識・情報の非対称性の拡大は、知っている者と知らない者という関係の非対称性を強め、「何もわかっていない貴方たちのために、私たち専門家が責任をもって貴方たちに代わって、貴方を評価し介護について決定する。」というパターナリズム(温情的庇護主義)の傾向がますます強まると危惧されます。


 パターナリズムについては以下のnoteをご参照願います。 

5.市民の知る権利を拡充せよ(日本版QM)

 LIFEの導入により、当事者(お年寄り及び家族)と専門家との知識・情報の非対称性が拡大し、当事者主権が蔑ろになるのではないかと、先ほど指摘しました。
 つまり、介護の知識・情報が行政および一部の専門家に独占されるからです。

 私は、介護に係る知識・情報はコモン(common;人々が生きていくのに必ず必要なもののこと、共有財産)として一般市民も共有できるようにすべきだと思います。

 これには実例があるのです。

 アメリカ合衆国のMDS体制です。
 日本でMDSといえばただの高齢者アセスメントにすぎないという理解なのかも知れませんが、実際は、アセスメントから介護の品質評価、そしてその情報の公表までも含む総合的なものです。

 アメリカの高度看護施設(Skilled Nursing Facility)ではMDS(Minimum Data Set)という全国統一のアセスメント(MDS;身体的、医学的状態、認知能力、心理的・社会的状況等300以上の評価項目)があり、入所日から5日目、14日目、30日目、60日目、90日目など定められた時期での実施が義務づけられています。

 このMDS体系の最大の利点は、利用者の2時点間の変化、利用者間の比較、施設間の比較などが可能ということにあります。
 さらに、MDSの結果をもとに行政及び専門家に向けてQI(Quality Indicators;品質指標24項目;)情報を提供するとともに、一般市民に対しても介護施設の評価であるQM(Quality Measures;品質尺度19項目;)という情報を提供しているのです。

 QMの項目を幾つか紹介します。

  • 日常生活上の援助が増加した長期利用者の割合

  • 中程度から重程度の痛みがある長期利用者の割合

  • 褥瘡のハイリスク者で褥瘡がある長期利用者の割合

  • 身体拘束を受けている長期利用者の割合

  • 鬱または不安状態が悪化した長期利用者の割合

  • 失禁のローリスク者で失禁のある長期利用者の割合

  • 尿路感染がある長期利用者の割合 

  • 体重減少が著しい長期利用者の割合

 市民は、介護施設の比較サイト(Nursing Home Compare Web site)より介護の品質に関してのQM情報を入手することができます。

 Nursing Home Compare Web siteに掲載されている「ケアの質」に関連する情報は以下のとおりです。

  • 監査 総合評価:星印の数

  • 職員の配置 総合評価:星印の数

  • QM 総合評価:星印の数

  • 各QMの値(パーセント)

  • 防火装置の整備 総合評価:星印の数 

  • 費用償還の拒否や罰金の経歴:費用償還の拒否や罰金を受けた数

  • 報告された不満やインシデント[6]の数

  • 州のオンブズマンや監査局に報告された入居者・家族・職員による不満(クレーム)やインシデントの報告

(参照:池崎澄江『アメリカのナーシングホームにおけるケアの質の管理』https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/19723905.pdf 2022.07.07)

  日本でも、是非、このように市民が施設の介護の状況に係る情報にアクセスできるような仕組みが必要だと思います。
 繰り返しになりますが、介護の知識・情報は市民が共有できるコモン(※1)とすべきだと思います。


 介護とコモンについては以下のnoteをご参照願います。

④ 守れ!中小介護事業者~介護事業はコモン~


[1] アルゴリズム(algorithm)とは、ある特定の問題を解く手順を、単純な計算や操作の組み合わせとして明確に定義したもの。

[2] フィードバック(feedback)とは、ある系の出力(結果)を入力(原因)側に戻す操作のこと。要するに提出された介護データを分析し、その結果を介護事業所に知らせること。

[3] PDCAサイクル(PDCA cycle、plan-do-check-action cycle)とは品質管理など業務管理における継続的な改善方法。Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(確認)→ Action(改善)の4段階を繰り返して業務を継続的に改善する方法。

[4] ビッグデータ (Big Data)とは、人間では全体を把握することが困難な巨大なデータ群のこと。

[5] アウトカム評価 (outcome)とは、ここでは、、介護の結果についての評価のこと。例えば、介護の結果、ADLが改善したとか・・・

[6] インシデント(incident)事故


 科学と介護はシリーズになっています。以下のnoteもご笑覧願います。

 


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