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『枕草子』朗詠 第十九段「家は」

「家」は、一般家屋ではなく、上流貴族などの邸宅や宮第のことだそうで、
専門ではないという言い訳になりますが、全然詳しくないので、参照しているふたつの書籍から、ほぼ引用します。

写し間違えや解釈の違いなどで、微妙な違いや、場所が定まらない学説もあるようで、
実際に清少納言にとって、定子中宮に仕える上で見知った邸宅もあれば、
物語や古歌、伝承などで知られる邸宅の名も連ねられています。

「九重の御門」は、「近衛の御門」との伝本もあって、近衛だと近衛府のある陽明門か、藤原道長の室・源明子の高松殿とする見方も一説にあるようですが、「ここのえ」→「このえ」の転化で、内裏の御所・定子中宮の御所ともされています。
「二条」は、醍醐天皇皇后・隠子の家という説と、定子中宮の二条北宮との説があります。
「一条」は、藤原伊尹の家とする説と、これも定子中宮の御所とする説が。
「染殿の宮」は、藤原良房の邸宅で、娘である清和天皇母后・明子の御所と。染殿って、今、四条通に面して新京極の入口にあるあたりかしら。
「清和院」も、清和天皇母后・明子の御所と。“せいわ”でなく“せかい”と読むのね。
「菅原の院」は、菅原道真、或いは道真の父の邸宅とのこと。今の菅原院天満宮のあたりかしら。
「冷泉院」は、嵯峨天皇以来、累代の譲位後の院となっているそうで、火事で消失したことがあるため「冷然」から「冷泉」と改め、“れいせん”が顛倒して“れんせい”と読んだようです。
「閑院」は、贈太政大臣藤原冬嗣邸宅。
他の伝本には「洞院」という邸宅も入っているようで、こちらは、冷泉同様、譲位後の天皇の御所である仙洞御所とのこと。
「朱雀院」も、譲位後の住居の院で、四条の後院とも。
「小野の宮」は、京都の北、文徳天皇の皇子・惟喬親王の隠棲の宮。
「紅梅」は、菅原道真の邸宅・紅梅殿。有名な飛梅のあったところ。
「県の井戸」は、『大和物語』に出てくる悲恋物語の舞台。
「竹三条」は、東三条との解釈もあり、一条天皇生母・藤原詮子の邸宅か、或いは、もとは大進生昌の三条第で、定子中宮が三人の皇子女を生み、崩御した邸宅とも。
「小八条」は、定子中宮の兄・藤原伊周の子・道雅の西八条第か。「小六条」の写本もある。
「小一条」院は、藤原伊尹の邸宅で、山吹殿とも。「小二条」の誤りであれば、定子中宮の御所との説も。


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