要約すると、明日仕事行きたくない
「本気で死にたいと思ってんの?」
って聞かれたら、
本当に死にたいと思ってるけど、
本気で死にたいとは思ってないんだと思う
今日みたいな、明日から仕事が始まっちゃう前日なんて、朝っぱらから四六時中、死にたいと思ってるくせに今すぐ死ねるか?って言われると無理だし
そこまで覚悟決まってない
何も考えずに死ねるほど、まだ頭おかしくなってない
ここ最近、
自我は死にたくて
本能は生きたくて
って感じがずっと続いてる
思い残すこともまぁ、ある
とりあえず、いま読んでるマンガ完結するまでは見たいし、アニメ化するからそこまで見たい
今のクソみたいな仕事辞めて、自分の好きなことして稼いでみたい
そもそもできるのかどうか含めて試してみたい
いま、思いつくのはこの2つくらい?
三大欲求に関しては割とどうでもいい
強いて言うなら、一生分くらい寝ていたいという気持ちはあるけど、生きたままそれやってても結局、死にたくなるだけだしね
そもそも無理だし
あと、死んだらマジで一生寝てられるようなもんだし
家族や友人に言い残したことも特にない
言う必要がない
だってなに言ってんのか、理解できないだろうし
あと、話すのはもともとあまり得意じゃなかったから、遺言として遺すならこうやって文章に遺して、可能であれば死ぬ前にスマホのパスコードを解除しとけばいい
誰でも、いつでも、少し調べてもらえば見られる
わざわざ口頭で伝えて、改変されやすい記憶に遺すよりかよっぽど確実で効率的
動画もいいかもね
私は自分の顔も声も嫌いだから絶対しないけど
「なんで私の気持ち、分かってくれないんだよ」
って思うけど、分かってくれなくて当然なんだよね
家族でもしょせんは他人
面倒事があれば極力、逃げたいと思うのが本音
口では励ましてくれるさ、
大事な大事な家族だからね
昔の人ほど根性論を持ち出してくるけど、
最近になってやっとその思考に寛容になれ始めた気がする
今も変わらず大っ嫌いだから、気がするだけだよ
前は、
「頑張れ」とか
「生きてりゃなんとかなる」とか
「いつか幸せになれるよ」とか
根拠もクソもない言葉聞いただけで、頭に血が上るくらい内心、腹立ててたんだけど
たとえばさ、昔は戦争が身近にあったよね
今はそんなの身近にはないし、テレビの中だけの世界って感じじゃん
けど、じいちゃんばあちゃんとかってその世界の中で生きてきた人たちだから、
食べ物があるだけで、
平穏に生きてられるだけで
幸せだと思えるらしいんだよね
そしてその世代は、もう社会で働くことから離れていて、いまの社会で生きて働くことの具体的なイメージが湧かない
私たちが普段、触れてるSNSやらには縁遠い人がほとんどだから、自分たちと何十歳も離れた今を生きてる若者の思考が分からない
それらは余生を静かに過ごしたければ、知る必要もないことだから、若い世代のイメージが自分たちの世代のまんま、固定されている
あんなに苦しい激動の時代に勝る苦しい世界なんてもうないと思っている
だから
「死ぬ気でやれば何でもできる」
なんて言葉が言える
これは私たちに関しても同様
戦争なんて生まれる前に終わってたし、経験したこともないから、
苦しくて、つらくて、本当に死ぬほどの思いをした人もいるんだろうなぁ
悔いの残る死に方した人もいるんだろうなぁ
という想像しかできない
だから、冷やご飯出されたらそのままでも食べられるけど、私はレンジであっためてから食べたい
「昔はこれしかなかったんだよ、贅沢だねぇ」
と言われても、今やそこまでの贅沢でもないし、
あるなら使うでしょって感じ
年が離れれば離れるほど、
互いを理解するのは難しい
お互い、どんなに熱心に説教垂れて相手に分からせようとしても、経験してないことは分からないし、理解できない話は興味もない
知性や忍耐強さを備えている人同士であれば、
理解できなくとも、ストレスのない会話はできるかもしれない
私は、私の家族とは無理だった
それなら諦めた方が早いと秒で思えるほど合わなかった
たぶん、あの人たちはこれを読んでも理解しようともしないし、分かった気になってもすぐに忘れる
別に家族が嫌いなわけじゃないよ?
曲がりなりにも家族を悲しませたくないという指針で生きてはいるし、長生きしてほしい、死んでほしくないとも思ってる
でも分かり合える相手ではないことだけは確か
最初にこの事に気付いたとき、少しショックだった
血の繋がりという一番近い理解者だと思ってた人たちでも、私の命を助けてくれる訳ではないという事実に気付いて