命の灯が揺れるとき
その日、ウサギが街を歩いていると、一枚のポスターが目に留まった。傷跡のある男の顔がこちらを見つめている。「この人、どこかで見たような…」
「ブラック・ジャックだね。漫画に登場するあの天才外科医だよ」隣を歩いていたカメが、静かに口を開いた。
導かれるままに美術館の扉をくぐると、ブラック・ジャックの世界が広がっていた。漫画のコマの中で、彼はまるで命を吹き込まれたかのように輝きを放っていた。
ウサギがピノコの姿を見て、「この子、私みたいに可愛い!」と声を上げる隣で、カメは手術シーンに見入っていた。
夢中で歩いているうちに、ウサギはいつの間にか人影のない場所へと足を踏み入れていた。目の前の扉には、「立入禁止」の文字が書かれている。
それでも、「ほんの少しだけなら…」と、ウサギの心は囁いた。気づけば、扉の向こうへ足を踏み入れていた。
暗闇に目が慣れると、そこは手術室だった。手術台には包帯が巻かれた患者が横たわっていた。心拍モニターの電子音が単調に響き、それに混じって、金属が擦れ合うような音が近づいてきた。
「命の意味を知りたいのか?」
突如、顔に傷のある男が現れ、低い声で問いかけた。ウサギが「誰?」と声を上げると、あたりは暗闇に包まれた。
「どうしたの?」
聞き慣れた声がウサギの耳に届く。
「急に『誰?』なんて叫ぶから驚いたよ。僕の顔を忘れたの?」ウサギが瞼を開けると、カメの姿がぼんやりと浮かび上がった。
「今、目の前にブラック・ジャックがいたのよ…」ウサギは微かに揺れる声で呟いた。
ウサギが落ち着きを取り戻すと、二人は出口へと続く通路を歩き始めた。
「ねえ、あれは何かしら?」
ウサギが指さした先で、何かが光を放っていた。近寄って拾い上げると、それは一枚の小さな紙きれだった。
紙には、力強い筆跡でこう綴られていた。
「命を救うために必要なのは、技術だけではない。心なんだ」。二人はその言葉を静かに胸に刻み、会場を後にした。
「私たちに命を救うことはできなくても、誰かのために、小さな光を灯すことなら、きっとできる…」ウサギはそっと振り返り、祈るように呟いた。