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かえる を のんだ ととさん

その朝、ウサギは机の上のカレンダーをじっと見つめていた。つい先日まで、新しい年の息吹を感じていたはずなのに、もう2月が始まっている。

「このままでは、2月も淡雪のように溶けてしまいそう…」 そうつぶやきながら、ウサギは引き出しの奥へとそっと手を伸ばす。指先が触れたのは小さな豆たちだった。

熱いお湯を沸かし、お気に入りのマグカップに注ぐと、部屋中にふんわりと紅茶の香りが広がっていく。

「今日は節分だから、この本しかないわね。」と、ウサギは小さな本棚から迷いのない指先で一冊の本を引き抜く。そして、紅茶が待つ椅子へと身を預けると、ゆっくりとページをめくり始めた。

ある日、急にお腹が痛くなった「ととさん」が、お寺のおしょうさまに会いに行った。おしょうさまがいった。「腹の中に虫がいるな。カエルを飲むといいぞ」と。

言われた通りカエルを飲むと、カエルが腹の虫を食べたので、腹痛が治って具合がいい。ところが今度は、カエルが腹の中をぺたぺたと歩くので、気持ちが悪い。

おしょうさまがいった。「蛇を飲むといいぞ」と。ととさんは、おしょうさまに言われるまま、カエルを食べる蛇を飲みこんだ…。

そのあとも、ととさんは、おしょうさまに言われるまま、蛇を食べるキジを飲み込み、キジを撃つ猟師まで飲み込んだ。

「すごいわね。まさか猟師さんまで飲み込むなんて…驚きだわ。どうやったらそんなことができるの? ととさんって、いったい何者なの?」

物語は、さらに奇想天外な展開を迎える。おしょうさまはついに、「鬼を飲むといいぞ」とまで言い出したのだ。ととさんは、とうとう鬼までも飲み込んでしまった。

「やっと鬼の登場ね。これで鬼退治ができるわね。ん? “鬼は外”って、もしかして、体の外に出すってことだったのかしら?」

ウサギは本を閉じると、少し冷えた紅茶を味わいながら、豆を食べ始めた。ひとつ、ふたつ、みっつ…自分の年の数まで。

「これで私も大丈夫かしら…。どんなことがあっても、お医者さんに『カエルを飲めばいいぞ』なんて、言われたくはないからね」

<かえるをのんだととさん>
    日野十成・再話/斎藤隆夫・絵/福音館書店

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