鯉のぼりを見上げて
その日、つつじを見るために訪れた根津神社は、境内に足を踏み入れるのも一苦労なほど人で溢れ返っていた。二人は人混みをかき分け、やっとの思いで遠くからつつじの花を眺めて楽しんだ。その混雑から抜け出し境内を後にすると、二人は思わず深い息をついた。「ふう、やっと一息つけるね」とカメが言うと、ウサギは「本当だわ」と安堵の笑みを浮かべた。
千駄木駅に向かって歩いてきた二人は、「団子坂 菊見せんべい総本店」の前で足を止めた。「今日はとても暑いから、しょっぱいものが食べたいの」ウサギはショーケースに駆け寄ると、並んでいたお煎餅に視線を送った。
五種類のせんべいの中からお気に入りを選んだウサギは、お店の縁台に弾むように腰を下ろすと、さっそく唐辛子せんべいをひと欠片口に放り込んだ。「唐辛子と山椒、辛味と香りが口いっぱいに広がるわ」と彼女は目を細めた。
「ここのせんべいはどれも正方形なんだね。創業以来ずっと、変わらない形を守っているみたいだよ」と、カメは静かに話しながら、甘せんべいを口にした。二人は自販機で手に入れた冷たいお茶で喉を潤しながら、ひと時の間、素朴な味わいに浸った。
店をあとにすると、二人は急斜面に広がる須藤公園に辿り着いた。園内に足を踏み入れたウサギは突然、池の上を指差し、歓声を上げた。「見て!鯉のぼりが泳いでいるわ」池の上には、鯉のぼりが空を風に乗ってゆったりと泳いでいた。「五月はやっぱり鯉のぼりよね」ウサギはカメの袖をそっと掴むと微笑んだ。
二人はしばらくその場に立ち尽くし、空を見上げながら春の訪れを感じていた。