スマイルショップ
その夜、ウサギはベランダから月を見上げていた。膝を立て、胸の前で指を絡めたまま、瞳は薄く潤んでいる。その姿は、まるで懺悔する告解者のように見えた。
「お月様、ごめんなさい…。今月はまだ何日も残っているのに、食欲に負けて、お金を全部使い果たしてしまいました。こんな私を、どうか許してください…」
どうしても、自分の無計画さを責めずにはいられなかった。途中で何度も「気をつけよう」と誓ったはずなのに、その誓いを守れない自分が、絶望の底へと引きずり込んでいた。
涙をそっと拭いながら部屋に戻ると、自然と手が一冊の本に伸びた。図書館でカメが「元気を出して」と優しく微笑んで、お金と一緒に手渡してくれた絵本だった。
窓際のテーブルに灯りをともして、静かにページをめくり始める。物語は、お小遣いをぎゅっと握りしめて、嬉しそうに街へ買い物に出かける「ぼく」の笑顔から始まっていた。
「あのアップルパイ、美味しそう」「この本、すごく面白そう」街にはさまざまなお店が並び、「ぼく」は一軒一軒、丁寧に巡っていた。
「うっ…私なら、最初のお店でアップルパイを食べたところで、もう物語は終わっちゃいそう」ウサギは小さく笑いながら、指先でページをめくった。
けれど、物語は思いがけない方向へと転がり始める。「ぼく」は街中でお金を失くしてしまうのだ。絶望する「ぼく」の姿が、まるで鏡に映る自分自身のように感じられた。
「ぼく」はふと目に入った「スマイルショップ」という看板に導かれるように、静かに店内へと足を踏み入れる。
ウサギは、その続きを知りたくてたまらなくなり、気づけば物語の最後まで一気にページをめくり続けていた。
「スマイルはお金で買えないんだよ。誰かと分け合うものなんだ…」スマイルショップのおじさんの言葉が、ゆっくりと胸の奥に染みこんでいった。「本当に大切なものは、お金では手に入らないのね」そう思うと、ウサギの顔に自然と笑みが戻ってきた。
「カメくん、明日はスマイルを交換しようね」ウサギは心の中で彼と絵本にそっと感謝を伝え、静かに部屋の灯りを消した。
<スマイルショップ>
きたむら さとし・作/岩波書店
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