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ヘビが私の守り神

その日、ウサギは図書館の閲覧席に座り、眉をひそめながら手元の本を見つめていた。開いていたページから思わず視線を逸らすと、歩いてきたカメと目が合った。

カメが隣の席に腰を下ろすと、ウサギは顔をしかめたまま、何も言わずに、開いたままのページをそっとカメの前に滑らせた。

「巳年だからヘビのことを調べていたんだね。でも、リアルな生物図鑑だけじゃなく、別の方法でも知ることができるよ」そう言って、カメはそっとウサギの手を取った。

東京国立博物館
『ヘビーなパワーを巳たいの蛇!』展

その静かな展示場には、ヘビにまつわる彫刻や絵画、そして衣装などが息を潜めるように並んでいた。二人は目を合わせ、小さな足音をそっと響かせながら、その不思議な空間へと歩き始めた。

「ヘビって不思議な生き物だよね。昔から、いろんな伝説に登場しているんだ。例えば、ほら…」カメは目の前の彫刻を指さした。

「ギリシャ神話に出てくるアテナは、知恵と戦争の女神で、都市国家アテネの守護神なんだけど、彼女の兜には、とぐろを巻いたヘビが付いているんだ」

「ヴェッレトリのアテナ」

「それだけじゃない。ブッダが瞑想しているとき、風や雨から彼を守ったのはヘビの王だったという言い伝えもあるんだよ」

「本当だわ。ヘビがブッダを守ってる」
ウサギは少し驚いたように呟いた。

「ナーガ上のブッダ坐像」

「この有名な金印にもヘビが刻まれている。中国の後漢では、ヘビが『南方の異民族』を象徴していたらしい」

「金印 漢委奴国王」

「日本でも、ヘビは豊穣をもたらす水神や、財を司る弁才天の使いだと考えられてきたんだよね」カメは静かな声で言葉を継いだ。

「弁才天坐像」

「待って、私も感じる。何か不思議な力を」ウサギはゆっくりと辺りを見渡した。
「ヘビが私に何かを囁いている気がするの…」耳を澄ませていた彼女は、しばらくして、そっと口を開いた。

「わかったわ。『ヘビの飾りを頭に乗せなさい』って、そう言ってるみたい。そうすれば、金運も恋愛運もぐんと上がるって…」
ウサギは、どこか楽しそうにそう言った。

その声は、どうやらウサギにしか聞こえないらしい。カメは隣で無邪気に弾むウサギの顔を、何も言わず、ただ静かに見つめていた。

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