草木の実の小さな旅
その日、図書館の分類番号471の書架の前で、ウサギは本の表紙を見つめていた。
「旅をしたがる草木の実ってどういうこと?旅に出たいのは私なのに…」
「草木の実はね、この季節になると旅に出るんだよ」 そばを通りかかったカメが、そっと声をかける。「どういうことか知りたいなら、いい場所があるよ。行ってみない?」
二人が訪れたのは、都会の中にひっそりと息づく自然の森、「自然教育園」だった。「たんけんマップ」を手にしたウサギは、カメと一緒に晩秋の森へと足を踏み入れる。足元で落ち葉がカサリと音を立てる中、カメがふと案内板を指さした。
「この『ミズタマソウ』の実は、周りに小さなかぎ状の毛が生えていて、それが動物たちにくっついて旅をするんだね」
「この『ツクシメナモミ』は、ベタベタと動物にくっついて旅をするんだわ。なんだか、とても一生懸命で健気なのね」
「この『イロハモミジ』の実は、落ちるときにプロペラみたいにくるくる回って、風に乗って飛んでいくんだね」
「風に乗って遠くまで飛んでいくなんて、とても素敵だわ」
「これは『ガマズミ』だね。実が甘くなる頃になると、野鳥たちがやってきて、その実を運んでいくんだ」
「でも、それってつまり、野鳥に食べられちゃうってことよね?」
「あとは『どんぐり』だね。動物たちに食料として運ばれていくのも旅なんだ」
「どんぐりも旅をするってことなのね…」
ウサギは目の前にそびえるスダジイの木を見上げながら、そっと思いを巡らせた。
「要するに…旅をするには、誰かの力を上手に借りることが大切だって、草木の実が私に教えてくれているのね?」 ウサギはぱっと輝く瞳でカメを見上げた。
「何が言いたいのか、なんとなく分かる気がする…」 カメがそう呟いたその瞬間、ウサギの瞳が輝きを増した。それはまるで、夜空の星が一斉に瞬き始めたかのような、目が離せない美しさだった。