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夏目漱石は今どき流行らない
※夏目漱石を馬鹿にしているわけではありません。
手前勝手の経験則だが、日頃から小説を読むような人は、文学気質の人が多いと思う。
文学気質。つまり婉曲表現を多用する傾向があり、例えば(単なる)青空を「蒼の階段」「眼前に広がる群青日和」などと表現しがちだということだ。
これは別に悪いことではない、と僕は思う。表現のしかたが秀逸であれば、読み手を一気に文章の中に引き付けることが出来るからだ。
ただしある程度の理解力や想像力を読み手に要求することになるため、真意が上手く伝わらないことも多々ある。
例えば、「月が綺麗ですね」という愛の告白のしかたがある。「え、『月が綺麗ですね』にはそんな意味があるの!?」という人もいるかもしれないので元となる逸話を紹介しておこう。
(逸話)
夏目漱石は、生徒たちに”I love you”の訳し方を聞いた。
生徒たちは「我、汝ヲ愛ス」と訳した。
それを聞いた夏目漱石は、
「それでは情緒が無い。『月が綺麗ですね』とでも訳しておきなさい」
と言った。
「月が綺麗ですね」。実に深淵で雅で繊細な言い方だ。「二人寄り添い合って同じものを見、同じ想いを抱く」、これを愛と言わずして何と表現すればいいのか。夏目漱石はよくこんなにもドンピシャな物言いが出来たものだ。
※もしも同じことを僕にやらせれば、「それでは情緒が無い。『団子が食べたい』とでも訳しておきなさい」と言いそうだ。これでは情緒も無ければ実る恋も実らず、腹が膨れるばかりである。
とは言っても、実際に好きな人に対して「月が綺麗ですね」と告白するのは考えものだ。考えられる反応として5つある。
①知らない + 反応が少しキツイ
「は?急に何?」
「こわいこわい」
「……(声にならない叫び)」
「え、今日新月だけど?」
②知らない + 優しい反応
「本当やね~」
「あー確かにぃ」
「笑笑」
「今日はスーパームーンだからね!」
③知ってる + キツイ反応
「いやキツイって」
「何文豪ぶってんの?」
「貴方の月は何かぬめぬめしてるわ」
「真っ暗なんですけど(超最上級の振り文句)」
④知ってる + 優しい反応
「それってどっち?」
「ロマンティック!」
「ごめんね……だけど嬉しい!」
「死んでもええわ!笑(受け入れ文句)」
⑤とんちんかん
「団子!」
「そんなことより団子食わせろ!」
「餅でも良いねんで!」
「月が綺麗ですね」と告白し、且つ成功させるためには、
①そもそも相手に真意が伝わること
②相手が自分に好意がある
の二大条件を満たしていなければならない。単純に”I love you”と告白したら②の「相手が自分に好意がある」という条件を満たすだけでいいけれども、格好つけて夏目漱石風に行くと爆死する確率が高くなるのだ。
これは別に、告白のときだけに言えることでは無い。
不必要に婉曲表現を使用しすぎると、自分の真意が上手く伝わらないことも多々発生してしまう。伝わったとしても、「綺麗な文章だな」とか「美しい表現だ」とかしか思われない。例えどんなに愚直で汚い文章でも、ストレートな物言いの方が多くの人の感動を揺さぶりやすいのだ。
文章は「自分の想い」を相手に伝えるための手段。文章の種類によって上手く婉曲と感情を使い分け、いつ如何なる時も人の心を揺さぶりたいものだ。
僕も何かと婉曲表現を多用するタイプなので、裸の言葉そのままでズドンと心を貫くような、そんな強烈な弾丸が放てるように精進したいと思う。