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【小説】シュリンプ彩

 蝉の鳴き声がやけに大きく聞こえた。
 俺はずぶ濡れの服を絞りもせずに立ち尽くしていた。俺を川から引き揚げた少女は地面に両手を着くと肩で息をしていた。滴る水が地面に大きなシミを広げている。防砂林の向こうから西陽が差し込む。光の筋が二人の間に薄い壁や幕の様に見える。
「良かった」
 年上の少女は呟くように言った。
 俺は礼も言わずに踵を返してその場から走り去った。

「こんなに大きな海老なんていないよね」
 喪服を着たアヤさんが精進落としのエビフライを見ながら言った。何匹かを繋いで調理しているであろう一寸ほどの大きなエビフライが横たわっている。この大きさの海老がそう何匹もいてたまるか、と思うが海の底で大きな海老が蠢いている事を想像するとちょっとした地獄の様で少し楽しくなった。
 俺はそのエビフライに手を伸ばして齧る。冷えていて美味しくは無い。ぬるいお茶で流し込む。胃袋の底で横たわる海老は細かくなっていく。
「海老ってスカベンジャーだから俺そんなに好きじゃないんだよね」
 ユウタが薄笑いを浮かべながら言う。
「ユウタさんったら、ジュンヤさんが食べたタイミングでそんなこと」
 アヤさんはそういうが、ユウタは昔からそういう男なのだ。性格も悪ければ意地も悪い。今だって俺がエビフライを喰ったタイミングを見計らって言ったのだ。ユウタを睨みながら俺はわざと大口を開けてエビフライを口に押し込んだ。尻尾まで押し込む。バリバリとした触感が口に広がって細かい破片が刺さる。ユウタは薄笑いを浮かべたまま他の料理に手を伸ばしていた。
 お前が死ねば良かったのにな、と言いかけてエビフライと一緒に飲み込んだ。安い油が喉に厭な粘りを残して胃に落ちていく。
 そうだ、お前が死ねば良かったんだ。お前が海の底で海老に喰われれば良かったんだ。俺はその海老だって食ってやる、尻尾までな。

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