Re: 【短編小説】ケチャップビリー
鉄の街はどんよりとした雲で覆われている。
華麗なる一族に産業を潰されかけてからと言うもの、すっきりと晴れたことがないらしい。
俺はトッピング過剰なホットドッグを持って図書館に向かうと、ルームメイトのビリーがバラ売り一本25セントのニューポート色をした煙を吐き出しながら
「遅かったじゃねぇか」と言った。
俺は精一杯のやれやれ顔をしてホットドッグを掲げる。
「仕方がない、パールハーバーに寄ってたんだ」
そして学ランの詰襟を指で弾いた。ビリーは怪訝な顔をしている。
察しの悪い奴だ!
しかしアングロ・サクソンなんてのはそんなものだ。
俺は再び精一杯のやれやれ顔をして
「原子爆弾で全滅した先祖たちの復讐だよ」と続けると、ビリーは入れ墨の入った舌を出して煙草を消すと「お前は忍者の末裔だと言うが、気配には鈍感なのか」と訊いた。
間抜けなビリーの質問は意味不明で、たぶん何も言い返せなかったからケムに巻こうとしているんだろう。
俺たちの先祖はこんな奴らに負けたのかと思うと悔しくなるが仕方ない。肩をすくめて
「別に忍者は超能力者じゃないからな」
と言って、ケチャップとマスタードの味しかしないドロドロになったホットドッグを75セントの炭酸ジュースで喉の奥に流し込んだ。
アメリカのコンビニで買えるホットドッグは、アメリカで食える数少ないメシのひとつだ。
近くのコンビニで買うホットドッグはピクルスもオニオンも足りていないが、そもそもソーセージの味も曖昧だったからケチャップとマスタードで味の隙間を埋めれば良い。
ホットドッグを飲み終えた俺は考えた。
なんだ、忍者の末裔って。先週は侍の末裔だったし、来週あたりはトージョーの孫にでもなるかも知れない。
ビリーは間抜け面で再び話題を変えた。
「そう言えば、お前はストリーキングが好きなんだろう。いまさっきここであったぜ」
そんな話をしたか?
いや、俺が部屋にいない時にパソコンを触りやがったな?
「お前の趣味は覗きか?今夜はピザを奢れよ」
ビリーは両手を広げて笑うと
「まぁいいじゃないか。
それよりストリーキングだよ。女はお前の趣味じゃないかも知れないけどな、ダイナマイトボディの黒人の女だったよ。
そこで脱いでションベン垂れてたんだ。
いまお前が右足で踏んでるのがその女が垂れたションベンだ」
確かに俺の右足は何かの液体を踏んでいた。
俺は笑った。
「気が狂ってるんだろ」
女がいつから狂ってたかなんて言うのは大した問題じゃない。
狂ってない人間を見つける方が難しい。
ビリーはニューポート色の煙を吐いた。ビリーも狂っているし、俺だって狂っている。
「だったらやるしかないだろう」
俺は笑うのをやめた。
それが合図だった。
鉄の街に覆いかぶさった分厚い雲から突如として現れた超長距離爆撃機「冨嶽」は無数の爆弾を落とした。
そうしてアメリカからトマトケチャップが消えた。
俺が反米活動家だとか、反資本主義の奴らに教えてやったのさ。どうせあいつらはマヨネーズしか使わないし、そもそも味なんてワカっちゃいない。
横たわる焼け焦げたビリーに質問した。
「そう言えば中華料理のケチャップ以前とケチャップ以降ってのは歴史の教科書に載っているのか?」
ビリーは全身からニューポート色の煙を立てながら少し考えて、こう言った。
「考えた事もないな。寿司にケチャップが入ってるなら日本人が本にするだろ」
そういうものかも知れない。日本人は記録が好きだからな。
瀕死のビリーは寝返りを打った。
「お前のホットドッグからもケチャップが消えるぜ。それがお前のカミカゼなのか?」
ビリーは苦虫を嚙み潰したような顔で言う。
またはマヨネーズを入れられたハンバーガーを食べている時の顔だ。
俺は持ち前の醤油顔でそれを迎えた。
「俺たちは最初からソーセージを醤油で炒めるから、問題なんて無いのさ」
ビリーは「それじゃあ勝てる訳がないな」と言って爆散した。