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Re: 【超短編小説】学展SUSHI
人生はクソだ。
そのクソの中でも労働はズバ抜けたクソだ。賃金分の価値もない。
だが賃金の為に働くしかない。
おれは地主の子どもとして生まれなかったからだ。
支給された白い手袋は触れた瞬間に安物だなとわかる代物で、粗雑な繊維はすでに毛羽立っていた。
だが文句などあるはずもなく素直にそれを嵌めてから列に並ぶ。
それがきょうの賃労働だ。
つまりおれは賃労働に充実な犬だ。
資本主義の走狗になりたい。
不動産投資と株式投資のタネ銭が必要だ。賃労働はその為の汚辱だ。
おれは今日限定の相棒と廊下を進む。
二組前の男たちがコンテナから取り出した絵を持ち上げて、廊下を出て行く。
ひとつ前の男たちは自分たちが持つ絵画を確認すると小さく息を入れた。
廊下は薄暗く、床は固かった。
人生そのものだ。
「冗談や暗喩だと思うか?」
相棒はおれを一瞥するだけだ。なにも答えたりしない。
「直喩だよ、事実さ。クソみたいな労働、その為におれたちはここにいる」
このクソみたいな労働、その面接に行ったマンションとは随分な差だろ?
相棒が鼻を鳴らす。おれはそれを同意とみなす。
「都心に聳え立つマンション、警備員の立つエントランス、巨大な水槽は透き通り髭や尾ひれの長い魚がゆったりと泳いでいた」
思い出すだけでハイになれる。
エレベーターガールは住民なら定額で挿入れ放題らしい。併設のジムとソープも家賃のウチだ。
「だがおれたちにその権利は無かった」
エレベーターを降りた廊下は毛足の長く柔らかいカーペットが敷き詰められている。
「上等な布団かと思ったよ」
相棒が初めて口を開く。
それでいい、最高だ!
労働はクソだ。だが賃金は素晴らしい。
特に金の部分だ。
「美術とは金になるのかと思ったよ」
こういう事か、今になるとわかる。
それは簡単なビジネスだ。
入賞だとかの箔と名誉が欲しい全国の学生から作品を集める。
もちろん金を取る。
選考をして展示する。
賞金は出ない。
「だから会場代とおれたちのような貧乏学生を雇ってしまえばそれでお仕舞いだ」
あとのアガリは?
おれは両手を広げる。
相棒は舌で頬を突きながらしゃぶる仕草をする。
労働はクソだ。
芸術もクソだ。とくに学生絵画だとか彫刻はブンガクみたいにクソだ。私小説より酷い悪臭がする。
だが学生はハクが付けば良いから手あたり次第に公募を探しては作品を送り付ける。
そうやって貧乏学生は幾らでも集まる。
こうやって貧乏労働者は幾らでも集まる。
だが貧乏学生はおれたちに金を払う訳じゃない。
箔と名誉の見せる甘い夢に金を払う。
おれたちが舐めるのはその残滓。
搾りカス。
やはり労働はクソだ。
芸術もクソだ。
おれたちの前の組がコンテナから絵を持ち上げて廊下を出て行った。
入れ違いで帰ってきた男たちは審査済みの絵画を落選と書かれた方のコンテナに収めて列の最後尾に並んだ。
これをあと何回繰り返すんだ?そんな顔をしていた。
労働はクソだ。
芸術はクソだ。
おれたちが学生絵画を持って広い部屋に入ると、長机と分厚いクッションを敷いた椅子に座った老人たちが一瞥して鼻を鳴らした。
大学の教師、漫画家や芸術家たちと言う事だった。
だがおれには関係がない。
老人はクソだ。
権威もクソだ。
そいつらはおれたちが持った絵を見るなり手元の資料と照らし合わせて
「小学生が寿司の絵か、生意気だな」
と言い放った。
そいつは昼飯に出前の鰻丼を食っていたクソ野郎だ。その金はおれたちの上前をハネたものだ。
「もっと自然の風景とかあるだろうにね」
「部屋から見える景色とか飼っている猫とか」
最初のひとりに続いて同調するように、ほかの老人たちが絵を腐していった。
労働はクソだ。
芸術も権威も老人もクソだ。
だが迫力のある大トロの絵だった。それは小学生の癖に生意気だと言う理由で落選した。
同じ様に色んな絵が腐されていった。
腐す理由の無い絵は「まぁまぁ仕方ねえ」と言う感じで当選のラックに詰まれて行った。
ただ絵を提示するおれたちにはなんの権利も抗力も無く、ただその声に従って絵をコンテナに積むだけだった。
外に出て手袋を外す。
絵を描く事をやめて正解だったのかも知れないなと思った。
労働はクソだ。
おれたちは老人のケツを舐める。鰻丼の残滓を有り難く頂戴する。
おれたちの定額挿入れ放題は180分かそこらだ。魚も鰻も人工タンパク質だか山芋だ。
「だから決めたんだよ」
おれは相棒に言う。
お前は何も見なかったし聞かなかったし知らなかった。
渡された手袋は酷く粗悪なものだった。
老人たちの血と体液で汚れて毛羽立っていた。おれ自身も怒り勃っていた。
寿司の絵を入賞のコンテナに放り投げた。
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