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Re: 【小説】ウィタ原状回復工事ALICE

 人生はクソだった。そこに戦う価値があったとも思えない。
 だが死んだ後もクソは続く。そしてそこに戦う価値は無い。
 見上げた空の遠くに立ち昇る白いオタマジャクシの群れ。まっすぐ泳げない西海岸風の奴ら。帰るのか?
「手を止めるな」
 獄卒が人工声帯のような声でしゃべる。
 おれは両手を広げて西洋風のポーズを取って見せる。獄卒は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 現世では河原に来ると石を積むなんて言われていたが、そいつはここに来たことがない奴の書いたいい加減なデタラメだ。
 だが文句を言いたくたって帰る方法が無いし、戻る時には全部忘れてる。だからそのデタラメがなくなる事は無い。
 ここじゃ眠り続けた時間の合計分、つま。人生の三割分の時間がある。
 その時間を使って、かつて投げ捨てた分のゴミを拾いきるまでゴミを拾い続け、食べた分だけ食物を育て家畜を世話して、他人を殴った数だけ獄卒に殴られて過ごす。
 薄い倦怠と疲労が全身に広がっているが眠りは無いし、休憩と言うものも存在しない。
 バターみたいに周り続ける。
 だがバターにはなれない。犬であるとは言えるのにな。

 
 つまり生活だ。生活そのものだ。
 だが生活と言うにはあまりにも重く、暗く、じめじめと湿った長い道のりだ。
 つまり本当に生活だ。
 だが労働では無かった。
 安息も休憩も無い、絶え間のない生活だった。要するに祈りだ。
 おれが育てた食物はおれが殺した虫の数だけ食い荒らした。
 おれが世話した家畜は感謝をせずに食べた分だけ発育が悪かった。
 そしてゴミは膨大な数で、積み上げられた山はあまりにも巨大な壁になっていた。
 そいつは人生だった。
 


 怠惰は許されなかった。
 おれはおれが眠った分だけの時間を使って全てを終わらせなければならなかった。
 時間は有限だ。
 おれの肉体は若返っていく。
 それはつまり幼くなっていくと言う事だった。いつかおれは児童になり、乳幼児になり、胎児になる。
 そしてオタマジャクシになって空を飛ぶ。
 負債を返しきれずに飛んだ奴はその時は赤字に応じて酷い生まれになると獄卒は笑っていた。



 逆に自分の生活を片付け終えて他人の生活を手伝うと、それに応じて次の生まれは善くなるとも言っていた。
 本当かは分からない。
 負債を返しきれずに胎児や嬰児になった人間は見た。
 早めに切り上げておれを手伝った奴は見たことがない。
 そんな奴はいないか、全員が怠惰かのどちらかだ。差は無い。
 なんにせよクソだ。
 結局のところ、ここに来たら最低でも目の前の負債を返して生活をし続ける必要がある。

 それでも腐らずにやらなきゃならない。
 ここで求められているのは個人のため息だとか発狂じゃない。
 それをやればまたタスクが増えるか邪魔が入るだけだ。獄卒に殴られて終わる。気分爽快だ、スッキリする。半年前に殴られた頭がまだ痛いからな。
 もう分かるだろ。
 愚直に生活をしていくしかない。
 生活だ。それは労働じゃない。生活だ。



 遠く、いや近くで呼び声がする。
 だがおれは振り向かない。
 振り向くと獄卒に殴られるとかではない。そこには誰もいない事を知っているからだ。
 それはおれがいままでに意図的に無視してきた呼び声だし、おれに救いを求める声だ。
 後者に関しては、振り向こうが無視しようが少し困った事になるのを知っている。
 食物に遣る水が無いとか、飼料が足りないとかそういう事だ。
 つまりおれの生活に張り合いがでる。
 やる気満々だよ。



 そうして人生を振り返りながら、自分の人生が綺麗になっていくのを感じる。
 自分の人生を綺麗にしていく。
 おれがクソであったことを思い知りながら綺麗になっていく人生。虚無に近づいていく人生だったもの。
 自分の部屋がこんなに綺麗な事は無かった。いつも不動産屋を困らせていた。
 ここじゃ原状回復をしないと困るのはおれだ。獄卒じゃない。
 どこかの先住民は、人生を行くと言う事を後ろ向きに歩く事だと信じているらしい。
 確かに見えているのは過去ばかりだし、背中側にある未来だとか将来と言うのは予測する事しかできなかった。
 ならば死んで生活すると言う事は、その道を戻ると言う事なんだろう。
 だからこうやって、それまでの道で穢してきた分を綺麗にして戻るんだろう。
 そう考えるとこの休み無き生活にも合点がいく。嫌々だが仕方ない。労働と似ている。だがこれは生活だ。


 ゴミ山の向こう側に光が射して、その光の中をオタマジャクシが昇っていく。
 奴らは自分のタスクを終えたのだろうか。
 願わくば彼の、または彼女の次の生まれが善い事を。


 自分の罪と向き合い解消していく。
 修行と言えば修行だが、それでも良いと思った。
 だがそれはおれの思い違いだった。
 それはゴミの山もかなり減って自分のタスクにもある程度の目処が立った時だった。
 おれの陰嚢にいままで放出した全ての精が一気に戻ってきた。
 膨れ上がった陰嚢と衝動に立っていられなくなる。


 膝をつき身を悶えた。
 陰茎に伸びかけた手をどうにか抑えつけてる。
 脂汗が滴り、見る間に池の様になっている。
 精は亀頭の先端から入っておれの陰嚢に戻り続けている。陰嚢と衝動は膨れ上がり続けている。
 肉体は若返り続け衝動は加速度を増していく。自分の人生を思い返す。


 ヰタ・セクスアリスはいつだったか。
 亀頭から陰嚢へと戻り続ける精を眺めながら、右手を噛み締めて耐えながら思い起こしていた。
 そしてうんざりするほど幼い頃に友達の家で一緒に盗み読みをした週刊誌のグラビアページを思い出して、おれは力なく笑った。

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