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Re: 【短編小説】極彩色ヒューマン

「ちっ、つまんねぇな」
 ショートが鼻を鳴らして、親指くらいのサイズがある怪獣型ゴム人形を節くれだった指で弾いた。
 コトン、と倒れた怪獣人形は底の部分にある穴に本棚の余ったダボが詰められていた。
「オレたちも次のシノギ考えねぇとな」
 エースが鼻くそをほじり、獲得したものをゴム怪獣の穴に詰めた。
「お、おれがトチったから……」
 サードはオドオドしながら言ったが、遅かれ早かれダボを詰めるイカサマは見破られてたよ……と言われるのを待ってるのがミエミエなので誰もフォローしなかった。

 トントン相撲賭博が生徒会から禁止された。
 オレたちのイカサマがバレたと言うよりは、賭け金の肥大と回収手段が問題になったと言う面が大きい。
「泣くなよサード、お前のせいじゃない」
 レフトが肩を叩いた。
「お前がそうやって甘やかすからファールフライもポロポロ落とすんだ」
 エースが舌打ちをした。
「どうすんだよ、小銭稼ぐ手段、なんか考えねぇと」
 ショートがチンポを掻きながら言う。
 ソープ代か?それとも通院費か?
 そう突っ込もうとした瞬間、エースが口を開いた。
「いいか、オレたち野球賭博部は今日で解散だ」
「は?」
「おまえ、何を言って……」
「落ち着け、おいサードは泣くのをやめろ。
 オレたちは代々賭博部をやってきた。そうだな?
 オヤジの世代でもメンコに油だの蝋だのを染み込ませて闘っていたと言うのだから、そんなものなんだろう。
 祖父の世代については知らない。
 拳闘か指相撲か、紙飛行機か。
 それより前の世代はそんなもので遊んでいたとは思えないし、その頃に世界が存在していたと言う保証はない。だから無視する」
 そこまで言うとエースは大きく息を吸った。

「色を、売ろう」
 サードがビクッと顔を上げた。
 泣き濡れた女々しい顔はお世辞にも売り物にはならなさそうだった。
「いくらサードの責任たってコイツは売れねぇだろ」
 コーヒー銭にもなりゃしねぇよとショートが吐き捨てると、サードは俯いた。
 泣いて震わせる肩は少しイロっぽかったけれどなんかムカつく感じだった。
「そうじゃねぇよ、そのまま売るんだ。色を」
 柔道で使う道着が白と青になったように、様々な物に色を付けて売るんだ、エースがニヤリと笑って言った。
「この学校にはオシャレに飢えてる奴がいる。運動部の奴らは特にそうだ。
 お前ら、柔道の青道着知ってるか?」
 アレを拡げるんだよ、色を売るんだ!
 エースの目は光輝いていた。

 オレたちは白い道着を集めると、美術部や書道部から貰った画材で道着を染め始めた。
 格闘ゲームの道着キャラを参照して、黒だの赤だの茶色だの黄緑だのと作った。
 試合では着られないのだが練習用と言い張って売り出すとそれなりに売れた。
「な?奴らはオシャレに飢えている」
 特に画一化された規則の中にいると、他との差分化をしたくてしょうがないんだよ。
 エースはそう言って笑った。


 少し難しかったのは合気道部、剣道部それに弓道部などで、道着の基本色である白と藍の二色展開にどう割って入るかだった。
 さすがに袴をカラーにするのは難しい。
 そもそもが染め物なので脱色も手間だし上手くいかない。
 そこで俺たちは弓道部と剣道部にはカラー道具を売る事にした。
 道具はバンクシー部の奴らを脅した。
 異常にカラフルな練習用の道具と言う事で、弓道の胸当てだとか剣道部の胴や小手はギラギラしていた。
 模様、名前、タギング、なんでもやった。
 ラメ入り青紫メタルなどと言うふざけた防具で練習する剣道部員を見ていると、よくコーチに怒られないものだと感心してしまったが、異様に光るゲーミング竹刀だとか弓はさすがに怒られが発生したようだ。


 お堅い武道系の部活から攻めていくと、球技系の部活がカラー展開された道具を欲しがるようになった。
 エースは笑った。
「な?言った通りだろ?」
 これが逆だと、真面目な武道系からイチャモンつけられるんだよ。
「だからいい加減に泣きやめよ」
 サードはまだ泣いていた。
 面倒なのでもう誰もイジってなかった。

 オレたちはカラー展開を続けた。
 卓球部にはラバーを売ったし(ゲーミング卓球台は駄目だった)野球部にはカラーバットを売った(ゲーミングベースは駄目だった)。
 だがバスケ部とサッカー部に売るものは無かった。
 元々が派手な上にヒエラルキーの高い彼らに売るものが無いと困るので、困ったオレたちは苦肉の策でカラー学ランを売った。


 最初は少しだけ薄い色の学ランを売り始めた。
 黒い学ランを、それこそ格闘ゲームの2Pカラーみたいに徐々に灰色に近づけていき、ついには真っ白い学ランや逆に鏡面仕上げだとかマット系、ラメ入り、スパンコールの学ランなども販売した。
 これはやがて他校にも波及した。
 おれたちの世界に色が溢れた。
 おれたちの手には金が光った。

 そして社会はカラーに侵食された。
 極彩色に慣れてしまった学生たちは社会人になり、カラーリクルートスーツを着用し始めた。
 ダイヤルアップ接続時代のインターネットHPみたいな派手さが都会を占めた。
 やがて彼らはカラー服を脱いだ時の地味さに嫌気がさし、異常に色の多い入れ墨を彫るようになった。
 色が多ければ多いほど良いし、光っていれば光っているほど良いとされた。
 アングラ系の人間は全身にペンタブラックを刺して姿を見えなくなったりもした。

 その子供世代は大人になったら人体は自然と色づくものだと思うようになった。
 だが内臓の色も精子の色も変えられないままだった。
 そうして人類は絶望してみんな死んだ。
 みんな死んだんだ。

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