意識と腰痛
私は腰痛持ちである。
中学で所属していたソフトボール部でキャッチャーを”やらされていた”際に痛めたのがきっかけ。
今52歳のアラフィフ主婦であるから、かれこれ40年弱の年季の入った腰痛である。
あのキャッチャー特有の座り姿勢を続けることが出来ず、「何で私はこの姿勢がこんなにもキツイのだろうか…?」と思っていた矢先に、
スパイクの紐を結ぼうとして前かがみになった時に、腰が外れたような感覚と共に腰に激痛が走ったのである。
14歳でのギックリ腰。
私が経験を振り返り考察し、自分と日常を観察し、天体運行と歴史を検証し、「意識」「周波数」「波動エネルギー」「人間とは何か」についての理解が深まるほど、「この世にたまたまは無い」し「エネルギー(人間の意識)が先で現象が後」ということが腑に落ちていく。
この時の私の、どんなエネルギーが腰痛となって現れたのか?
そもそも私がソフトボール部へ入ったきっかけというのが
「母の意向」なのだ…。
私の本心は吹奏楽部に入りたかったのだが、「運動部へ入りなさい」という母からの指令に逆らえない私がいた。
母は心配性のコントローラー。
(これは私自身にもその波動があるということだと思っている)
私が中学生だった時代は、「今日から俺は」のドラマの世界真っ只中。
当時は母の心配性や気の小ささは全く気が付いていなくて、内観を始めたことで徐々に気づいてきた母の特性。
子供時代はとにかく母の顔色を窺い、母から怒られないように振舞う子供だった。
「良い子じゃないと愛されない」から「良い子でいなければいけない」という観念に縛られていた。
大人になってから母に「どうし運動部に入らなければいけなかったのか」を聞いてみたことがある。
その返答は、私が非行に走らないよう、運動部に入らせて悪さをするエネルギーを削ぎ落とさせる、というもので、
あの時は、自分を信じてもらえていなかった…という寂しさやら怒りやらがこみあげてきた。
ということで、私の通う中学校の運動部の中で、最も弱小で練習も楽なソフトボール部に仕方なく入部した、ということだったのだ。
1年生の間はそんな部活だったのだ。試合に勝つことは無かったけれど、優しい先輩と気の合う同級生とそれなりに楽しく参加していたものだ。
そんな時間は突然終わりをつげ、2年生になると市内の別の中学校のソフトボール部を全国大会まで勝ち上がらせた経歴を持つ新しい先生が私の学校へ転任してきてしまった。
当然ソフトボール部の顧問にもなり、朝練と厳しい練習が始まってしまった。
そして3年生の先輩は3人しかいなかったため、2年生の私達にもポジションが回ってきて、肩が強かった私はキャッチャーに抜擢されてしまったのだが、
私はキャッチャーを「やりたくなかった」のである。
思春期のこの頃、
私はキャッチャーを恰好悪いポジションだと思っていた。
キャッチャーミット等の装具を付けてどっしりと構えて座る。
他のポジションの仲間達はみんな軽やかに動き、イキイキとして見えた。
楽しそうだった。
私は周囲にどう映ってる?
どっしり重厚で決して爽やかさは醸し出せない。
女子なのにドカベン…。
嫌だ、嫌だ、嫌だーーーー!
でも、そう言えない…。
キャッチャーなんて恰好悪いから、やりたくない、なんて言ったら
我がままだよね。
嫌われちゃうかもしれない。
先生にも良く思われない。
我慢してやるしかない…。
でも本当は嫌だ。
そもそも私は吹奏楽部に入りたかったのに。
可愛い女の子になりたかったのに。
汗や土にまみれて真っ黒に日焼けして、
そのうえドカベンのポジション?
嫌すぎる~!!!
そんな葛藤をしていた私は、ある日ギックリ腰になり、キャッチャーはお役御免となり外野手へ転向したのだった…。
この頃の私は、
自分は腰痛になった。
じゃあ、キャッチャーはもう無理。
仕方ないから(ラッキー!)外野手へ転向だ!
位にしか思っていなかったが、
今の私には、ここには2つの側面があったと感じている。
1つは、
我慢… 楽しくない…やりたくない…という重いエネルギーの存在。
私は「やりたくない」という本心を言わずに自分に我慢させている。
もう1つは、私の行動クセが現れたのだと思う。
上手く嫌なものから逃げるクセ。
この2つの側面があるのではないかと思うが、
どちらにせよ
私は「自分で」腰を痛めさせたのだ。
意識(エネルギー)が先にあり物事が現象化する。
自分の思考のクセや思い込みは気づいているものもあるが、
ほとんどは潜在意識に沈んでいるので表層の自分は無意識である。
沢山の固定観念も当然のことだと疑いもせずに持ち合わせている。
そして、
まさかこれらが自分の世界を作っているだなんて、
私は数年前まで全く知らなかった。
4年前から内観の道に入った私は、これまでに自分が持ち合わせていた上記のいくつかに気づき、ひと昔前の私に比べれば多少はエネルギーが軽くなってきているのではないかと感じている。
そんな時に、昔の古傷の腰痛が悪化した…。
今までもそれなりに腰が痛いことはあったのだが、それは動きすぎたり、座り過ぎたり(起業した当初は毎日ブログを書く際に座り続け過ぎた…)した時だった。
これはこれで1つの意識の現れであるな~と今これを書いていて思った。
これは「頑張りすぎた時」の腰痛。
体の不調というものも、自らが起こしている。
物理的なこともあるとは思うが、私が思うにやはりなんらかの「意識」がそれを生み出すのではないか。
私にとっては、あの「頑張り」は、本心からでは無かったのだと今なら解る。もしも本心からの行動ならば腰痛は起こってこないのではないだろうか。
あの「頑張り」は、承認欲求からだったり、役割意識からだったり。
魂的には人に認められようが、なんてどうでもいいし、役割なんて全く関係ないこと。
自分が楽しいことはやりたいし、楽しくないことはやりたくない(笑)。
で、
2023年4月辺りから始まった、今回の腰痛。
これは初めてギックリ腰になった時を除いて、今まで感じたことが無いレベルの痛さだった。
腰というか仙骨辺りが凝り固まってガッチガチ。
この1か月、カイロプラティックに週2で通い、ようやくほぐれだし楽になってきた。
体の調整と並行して立ち姿勢、歩き姿勢、座り姿勢、の際の体重のかけ具合の左右差、前後差、更には呼吸のクセ、体への力の入れ具合のクセ、などが発覚。
体に余分な力がいつも入っていて、呼吸も「頑張って」深い呼吸を「心掛けて」行っているのだと気づいた。
頑張ってお腹も膨らまして、の呼吸に気を取られていて肝心の胸・肺に入る空気が少なくて、肋骨の中の肺等の動きがあまい。
呼吸なんて自然に肺が動いているものだと思っていたから(動いてはいるのだけれど、僅かだった…)、まさか自分の呼吸が力づくでお腹を動かして呼吸していて胸式呼吸が疎かになっていたとは!!
で、
これらが思考グセや観念からも影響しているわ…ということも発見!
「頑張らないと愛されない」
「役に立たない私は価値がない」
呼吸までも「頑張って」た。
腰が楽になってきて体がゆるんだからだろう。
もう1つ心当たりが意識に上がってきた。
これは「役に立たないと私は価値がない」の観念。
2023年2月~真理のスクーリングに参加していたが、このスクーリングへ参加した動機。気づいていなかったが上記の観念が動機としてあったのだと分かってきた。
楽しいーーー!という動機ならばこうはならなかったのかもしれない。
そこに「何者かにならないといけない。役に立つ私になりたい」との思いがあり、これもまた体に力が入ってしまっていたのだろう。
この観念はいつ持ち始めたのか?
幼少期? はたまた過去生から?
いつの頃からか、というのは重要ではなく、自分がこの観念を持っていたことが「腑に落ちた」ことがとても重要だと、私は感じている。
意識が変わるということは、波動が変わるということで、
それは自分の体も変わってくるのだろうと思っている。
長年の体の使い方のクセに気づいて変えていくことで、体が緩まり。心も緩まり、意識が変わる。
また、その逆も然り。
どちらからでもいい。
体の不調には何かしらの理由があり、メッセージがあるのだということ。そのメッセージに真摯に向き合い、自分に愛を向けていきたい。
意識(波動エネルギー)と腰痛についての気づき。あくまで私の場合である。
次回は、この記事の中に書いた私の持ち合わせていた思考クセ等が、
・出生ホロスコープに表れているのか?
・その際のトランジットはどんなものがあったか?
等の検証を書いていこうと思う。
その際に強くエネルギーを受けていた天体があるとすれば、私はそのエネルギー(波動)による作用が働く、なんらかの波動を纏っている、ということが考えられる。
自分を深く知ることで、日常での無意識なクセに気付いていく、きっかけの1つになるのではと感じている。