生産性の高い「Lの世界」を日本に根付かせるために:読書録「コープレート・トランスフォーメーション」
・コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える
著者:冨山和彦
出版:文藝春秋(Kindle版)
コロナ禍において、いち早く「afterコロナ」を視野に入れた著作「コロナショック・サバイバル」を出版した作者が、「本編」と位置付けて続けて出版した続編。
前作では「コロナ禍」によって社会・経済が足元どうなるか、その最中にどうすべきか…と言う「緊急対策」的な話が論じられていました。
それを踏まえ、「さて大きな方向性としてはどう言う風に進んでいくべきか」…と言うことが語られることを楽しみに本書を手に取ったのですが…
前半はなんだか期待外れというか、疲れましたw。
バブル後、日本企業が如何に的外れな経営を行ってきたか
その中でどれほどポジションを失い、経済的にも社会的にも摩滅していったか
その間に、欧米諸国では新しいプレイヤーや産業がドンドン登場し、停滞する日本企業との格差がどれほど開いていったか
<日本企業の平均的な現在地は、頭では会社のカタチ、組織能力について大きな変容の必要性、すくなくとも前述の三つの必要条件(本業の稼ぐ力の最大化、事業と機能ポートフォリオの新陳代謝力向上、組織能力の多様化・流動化)をクリアするための大掛かりな改革に踏み出す必要性は理解しつつあるが、心と体はまだまだ「ごっこ」の領域を出きらずにいるというところだろう。>
…と言う辛気臭い話をたっぷり聞かされw、それを踏まえた上で
「デジタル・トランスメーション」を包含する、企業のあり方そのものを「昭和」の思想から解放する「コーポレート・トランスフォーメーション」の必要性
を主張する。
<破壊的イノベーションの世界が、多くの産業領域で、これまで以上にすぐ目の前にまでやって来ている今、やらなければいけないのは、大きな痛みを伴う本質的な構造的改革の先延ばしや小手先の D Xごっこなどではなく、不連続かつ、かなりドラスティックな環境変化に対応できるような会社の形、アーキテクチャにリ・デザインすることなのだ。
難しいのは、よくわかる。自分の会社の最も根っこの部分、最も根幹的なところ、つまりは革命に相当するくらいの憲法大改正をしなければいけなくなっているのだ。民法、刑法のような下位法規でも基本法を変えるのは、その後の運用を含めて大変な工数を要する。ましてや憲法大改正となると、膨大な数のルールや仕組みを変え、かつ運用も、さらにはそれを担う人間も変化を求められる。しかも国民生活(顧客の消費活動)は日々続いていくので、国家(会社)の運営は止められない。本当に大変である。>
いやぁ、それがどれだけ大切なことかは分かってるつもりです。
ただまあ、個人的にはそういう「大きな話」ではなくて、もっとスパンの狭い話を聞きたいと思ってたんだけど…
とモヤモヤしてたら、後半、「そういう話」になりましたw。(第5章以降)
僕自身の課題認識からすると、「日本経済復興の本丸ー中堅・中小企業こそ、この機にCXを進めよ」という、この章からが「読みたい」ところだったし、まあここを読むには「前半」もやっぱり読まなあかんのやなぁ、と。
< 今、その L型産業群がコロナショックの大きなダメージを受けている。この危機に際して、まずはシステムとしての地域経済とそこに働く資産も収入も失う人々の人生を壊さないようにサバイバルすることが問われるが、同時にこのショックが個々の地域の中堅・中小企業にとって長期持続的な再生に取り組む機会となることを期待している。『コロナショック・サバイバル』でも強調したとおり、この先もデジタル革命は進展し、破壊的イノベーションの波は良くも悪くも地方にも押し寄せるのだから。>
基本的には(当たり前だけど)冨山さんが昔から言ってることと大きく変わるわけじゃないんですけどね。
ただ、「コロナ」はそのスピード感を早めたし、その必要性も高めた…というところがある。
マクロン大統領が「産業の国内自給率を高める」みたいな談話を出してたけど、そこら辺が「Lの世界」。
この重要性が国家戦略上も再定義される必要が出てきている、ということではないかと、個人的には思っています。(政治的にはそこら辺がトランプ旋風やBrexitで表面化して来てたわけですが)
僕なりに整理するとこんな感じかな?
①「Lの世界」を担う中堅・中小企業は産業構造上も7〜8割を担っており、重要性は高いのだが、「afterコロナ」においては、その重要性・必要性はさらに高まる。
②しかしながら日本の中堅・中小企業は「生産性」が低く、その結果、従業員の給料も相対的に低くなっている。この点を放置しておくと、「Lの世界」の重要性が高まるにつれ、経済的にも社会的にも貧しくならざるを得ない。
③中堅・中小企業の生産性を高めるには大胆な変革=コーポレート・トランスフォーメーションが必要となる。
④「afterコロナ」はその緊急度とスピード感を高めている。
中堅・中小企業のCXを進めるための「リーダーの必要性」「リーダー等の人材の流動性向上」、リーダー輩出のための「教育改革」、中堅・中小企業の経営者をサポートする「地域金融機関の重要性」etc,etc
なかなか刺激的で興味深い提言が後半にはなされています。
冨山さんの場合、評論家的に「言いっ放し」じゃなくて、自分でキッチリ「実行」してますからね。
言ってることは厳しいことなんですが、ちゃんと裏付けがあります。
そこが自慢話に聞こえて鼻につく…って人もいるようですがw。
<自分がここでなしうることは何か、それに対して誰か相応の対価を払ってくれる人はいるのか、いないとしたら自分には何が足りないのか。日本的カイシャ、特に大組織に帰属して仕事をしていると、この自問自答をしなくなる。自分の上司や社内の空気が顧客になってしまい、自分のこの 1時間に、自分のこの資料に、アカの他人の誰かが対価を払ってくれるか否かを考えなくなる。しかし、それを考えながら過ごした 10年間と、考えない 10年間では、埋めがたい差がつく。>
サラリーマン人生を送ってきてる自分にとっては厳しい言葉。
でも否定することはできないなぁ…。
正直言って、「withコロナ」「afterコロナ」がどうなっていくか、まだまだ見通しはできないと感じてます。
日本についてはある程度「第1波」を凌いだ感はありますが、世界的には「全然おさまってない」感満載。
となると国内で経済活動を再開したとしても、海外との事業連携や、インバウンドの推進はなかなか難しいんじゃないかと。
その中で「Gの世界」はおそらく大きな変革の時代を迎えるでしょう。
その高いボラティリティに柔軟に対応していくことが、G型産業には求められる。
その厳しい優勝劣敗とは別次元で、国民の大多数を占める人々の幸福を支える「Lの世界」を充実化させるために、「L型産業」の生産性を引き上げていく改革に早急に着手する。
そういうことなんかなぁ…と読み終えて考えています。
<コロナ後のニューノーマル(新しい日常)の時代においても変わらない日常感覚的なゴールは、社会であれ、会社であれ、大学などの非営利法人であれ、その社会単位に帰属あるいは関わりをもって生きている人々の大宗が愉快に気分よく人生を送れることなのは確かなはずだ。進歩とか発展というのも、それがあった方が人は愉快に豊かな気持ちで生きていけるということに大きな価値があるのだと思う。>
そういう「未来」でありたいですからね。