鈴木ひろゆき

コラム、詩など書きます。読んでいただけたら嬉しいです。

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  • 風の中へ

    主に詩を書きます。 同じタイトルで個人詩誌も作っています。寄稿して頂ける方も募集してます。(詩・エッセイなど)

最近の記事

以下の詩の感想を述べよ

誰にも読まれない石版文字よ いつか貝殻に刻まれて 歳月を経て大理石化したという △□×○α―@△ スミレやツヅミグサに囲まれ 人知れず埋もれる石版文字は 地球の風雨に削られて 灰褐色に沈静している 友人のエス君が 生まれる前に 神の手で記述した 予言したのは人類だ 幼な髪の少女がのぞき込む 幸福を祈る場所となり 石塔となり人々が集った 君が生まれる以前のことだ -------------------------------------------------------

    • 私が専門家を嫌いな理由

      - 自分自身が専門家であることを誇張しすぎたり、他人を見下したりする専門家に対する不満- 専門家のアドバイスを求めたが、自分が求めている回答と違った場合のストレスや不満- 専門家が常に正しいと考えられていることに対する疑問や批判的な視点- 専門家による意見統制や独占的な知識に対する反発- 専門家の欠点や間違いを描写することで、専門家に対する不信感を表現するジャーナリズムの役割についての考察 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 上記の文章は「私が専門家を嫌いな

      • R4.7.18(月) 晴れ

        8日(金)午前、安倍元総理が銃撃された。公共財産や税金の私物化、富裕層への忖度、司法との癒着などさまざまな疑惑がありながら、7年半も在任し続けたことへの権力の暴走は、怒りと礼賛で国民を二分した。ゆえに民衆から野次だけでなく、いつか騒擾事件でも起こるのではないかと思っていただけに、寝ぼけ眼でスマホニュースを見たとき、大した驚きもなく、寧ろついに来たかとトキメキにも似た感情が湧いた。その日の夕方、死去。 10日(日)、参議院選挙の投票日。自分はすでに郵便投票済み。母は相変わらず

        • R4.5.25(水) 晴れ

          ・3時に郵便局に電動車椅子で行く。母の休眠貯金を下ろしに行く。11万ほど。本人確認証を持たなかったので解約は出来なかった。「たんぽぽ」でアイス買ったりコンビニ寄ったり。初夏の陽気で気分は良かった。 ・頸や背中の痛みは増している。ベッド生活が多くなったので、筋力低下だろう。一概に歳のせいとは言いたくないが、精神はだいぶ呆けてきた。パチンコに行けなくなってきたのは残念。悪習だけは欠かさない。 ・今読んでいる本「居酒屋」エミール・ゾラ。最近観たDVD「死刑執行人もまた死す」フリ

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          7本

        記事

          R4.4.22(金) 晴れ

            朝7時に寝て2時に起きるという、生活指導が入りそうな暮らしぶりだ。そのせいか自律神経失調症状は相変わらず頻出する。18日に病院で血液検査と心電図をしたが、コレステロール値がやや基準外なものの今のところ様子見。いつか壊れるだろう予感はするが、母より先には逝けないだろうな。治療中の歯がズキズキ痛むのは、寝不足のせいだろうか。月曜日に歯科通院の予定。  大リーグの試合も始まり、太谷選手の活躍は毎日の楽しみだ。昨日も6回12奪三振1安打無失点の快投。見てて気分が良い(録画で見てい

          R4.4.22(金) 晴れ

          遠くの戦争より近くの幸せを

           テレビを付ければニュースはウクライナ・ロシア戦争である。評論家やコメンテーターがなにやら戦況を分析しているが、明かりが煌々とするディスプレイで危機を伝えても、なにかひっ迫感が届いてこないのは私の平和ボケ所以だろうか。その感覚の起因としては物価の上昇であったり、女性の自殺者が増えたことや、コロナ渦で健康を損ねたり生活困窮に陥った人々の国内ニュースだろう。こうしたことは新聞の片隅に追いやられた。  思うのは何よりもまず私たち及びその近隣が困っていないか、危機に瀕していないかと

          遠くの戦争より近くの幸せを

          善と悪

           このところのロシア・ウクライナ戦争は凄惨である。なぜ戦わなくてはならないのか、その理由は知識不足ではっきりとは言えない。隣り合った国同士でもあり、過去や周辺との関係から両者の言い分があるはずであろうことが推測できる。ただSNSなどを見ていると、ロシアが悪でウクライナが善という、二項対立のように書かれている情報が意外に多く気になった。私自身は善の中にも悪が、悪の中にも善がなどと、道徳的につい解釈してしまうが、いま現実に人間が犠牲になっている中で「お人好しのようなことを言ってら

          卒業

          R4.3.5(土) 晴れ    放送大学は今学期で124単位となり、やっと卒業ができた。7年前に入学したときは文学系に興味があったためで、卒業までは考えてはいなかったが、途中から単位取得がちらついた。コロナ渦での自宅試験において不足分を短期間で取れたので、これが助かった。しかし学位記授与式は東京で行われても地元の学習センターでは行われないとのこと。 2月に「HANABISHI」でオーダー背広を新調し、外見も内面も人並みになった現実と幻想のあわい、端的には人生で初めてともいえ

          初稿

           「ラジオ深夜便」で五木寛之さんが新聞連載を40年も欠かさず続けているという話しをしていた。わたしは最近、名刺に「文筆家」と肩書を入れて得意げになっていたので、その継続的な仕事ぶりに感嘆することしきりだった。五木さんはプロだし、こちらは原稿料もないのだからという理由もつけられるが、そういうことではないだろう。五木さんのエッセイ本は、いままで何冊か読んで心の糧にしている。そうした尊敬の念もあり、自分も仕事らしいことをしなければという意欲に駆られた。五木さんは1000字のコラムら

          R3.8.27(金) 晴れ

           東京オリンピックの次はパラリンピックだ。一昨日から始まっている。こんなコロナ渦でも始まってみれば、つい真剣に見入る。自国開催だけあって放送時間は、かなり長くなった気がする。車いすラグビー、卓球などに見入る。  以下、個人的断章。「高崎現代詩の会」で配る「合評会だより」は幹事への批判を書いたばかりに、配布されないことになった。せっかく自分が作ったのに、臨時幹事会まで開いて出した結果がこれである。臭いものには蓋をしろということか。仕方なく退会の葉書を会長Sさん宛に送る。集団の意

          R3.8.27(金) 晴れ

          しあわせのとき

          ぼんやりとしている 韻律はなく もの思わず 鬱々としている 時間が過ぎてゆく このままが くり返される ムダでも断絶でもなく 何かが失われてゆく なり行きよりも 崩落を畏れている とりとめもなく 生きる理由は 知らなくてもいい それを知りたいのは わたしなのかも 見たいものはない 向上心よりも 矛盾へのただよい 上腕をかじる 生きている幸せ うす目を開けると そう思うしあわせが めぐっている

          しあわせのとき

          R3.8.1(日) 晴れ

              東京オリンピックが始まっている。コロナ感染者は東京で4000超。緊急事態宣言がでているのに、一方で金メダルのニュースが喜々として流れているのは異常である。中継しているオリンピックの応援をする気にはなれない。日本の政治には失望する。秋の選挙で少しでも良い方向になることを祈るばかり。 深夜4時半になると母が起きてきて、自分の朝食の用意をしている。台所で音がする。足が痛いといいながら、一時の精神的な不安定も落ち着いていて、昼間は庭に出たり、寝室で横になっていたり、テレビの

          R3.8.1(日) 晴れ

          銀河へ

          どう足掻いても たどり着けない 世界がある たいていは思考の跳躍で タイムマシンにも 高速ロケットにも 自由に乗りうつる ことができるのだが 人間の向かう場所は どこだろう ぼくには どこにもたどり着けない 迷い子のように思われる おどおどと 指を差しだす 窓から木漏れ日 その先に大銀河系 ずっと夢の果て

          二人の近況

          お腹が痛い と母がいう 診てもらったばかり 痛いというからには たしかにそうなのだろう 他人の痛みは 入れ替わりでもしないかぎり どれくらいか分からない だから訴えどおりに また医者に行くかと尋ねると 痛くなりそうな気がするという そんなやり取りをくり返し 一夜が明けるころに ようやく鎮まる どこかの痛みをきっかけに 二人の暮らしは 時折あわてふためく 屋根の上には いつもの空

          それだけ

          私のそれは 外部との関係だった 承認であり 欲求であった それはごく普通であり 当然でもあるだろう ただ私の世界は いつも狭いままであった これからは 私の風景のためだけの 私さえもいない ある風景のためだけの そんな時間を少しでも持とう

          介護事業所ともめる

           介護ヘルパーを頼んだものの、お互いの思いが行き違うことは、決して少なくないのではないか。  今年になって若手のAさんが来なくなり、種々の抜き差しならない発言を巡って、5日には主任のKさんやSさんと話し合った。「あなたの担当は辞めたい」とまでSさんに言われた。  一方そこまで相手の感情を昂ぶらせたのは、ヘルパーと利用者という関係ならざることなので、私にとってみれば内心、痛快でもあった。なぜなら制度がもたらす人間関係の乾きを、ひび割れ入れさせたことへのドラマティックさに、我なが

          介護事業所ともめる