「ミキプルーン」という名の果物があると思っていた人の話
まさか、と思いました。
けれど本当に、そのまさかでした。
「最近、ちょっと高価なチョコレートを買うのにハマってる」なんてことを、カフェで話していたとき、それは起こりました。
「この前、美味しいチョコレートのお店見つけたよ」と友人が言うのです。
「へえ、どんな味?」
「洋酒がたくさん使われてて、中にミキプルーンみたいなのが入ってるやつ」
ミキプルーンといえば、俳優の中井貴一が出演するCMでおなじみの、あの商品。
スーパーやコンビニなんかでは売っていないので実際に食べたことはないけれど、瓶に入ったシロップのような、ソースのような、あのトロッとした中身を映像で見たことがある人は多いはず。
「ああ、じゃあチョコの中にフルーツソースみたいなのが入ってるんだね」
「え? ソース? ミキプルーンだよ?」
友人は、なに言ってんだコイツと言いたげな顔をしています。
「うん、ミキプルーンでしょ? あのトロッとした」
「は? え、もしかしてミキプルーン知らない?ww」
「だからミキプルーンでしょ!? 中井貴一の!!」
あまりにも話が通じないのでイラッとし始めたとき、友人が核心的な一言を発します。
「ミキプルーンって、大きいレーズンみたいなやつだよ。それがチョコの中に入ってるんだよ」
「商標の普通名称化」という概念があります。
例えば、「ホッチキス」といえば、針金で書類を綴じるあの文房具を誰もが思い浮かべるでしょう。
けれど、この文房具は本来「ステープラー」という名前の道具なのです。
「ホッチキス」と呼ばれるようになったのは、初めて日本に輸入されたステープラーが、アメリカのE.H.ホッチキス社のものだったからといわれています(諸説あり)。
日本人のほとんどが、このステープラーを「ホッチキス」という名前で認知しているはず。
「ちょっとそこのステープラー取って!」と言われて、ホッチキスのことだと理解できる人は、まずいないでしょう。
これこそ、「ホッチキス」という商標が「ステープラー」という普通名称に取って代わった典型例といえます。
「プリクラ」もまた、商標の普通名称化の代表格。
1995年に株式会社アトラスが開発して大ヒットしたプリントシール機が「プリント倶楽部」という商標だったため、プリント倶楽部の略称「プリクラ」が、プリントシール機そのものを表す言葉として定着しました。
プリント倶楽部が、例えば「プリントパーティー」みたいな別の名前だったとしたら、「プリクラ」という概念は生まれず、代わりに「プリパ」なんて言葉が、プリントシール機の意味として広まっていたかもしれません。
僕は作家という仕事柄、言語学に興味があり「商標の普通名称化」についても知っていたので、もしやと思い、友人に指摘してみました。
「ねえ、もしかして、果物のプルーンのことをミキプルーンって名前で覚えてない?」
僕のこの指摘によって、友人は、それまで「ミキプルーン」という名前だと思っていた果物が本当は「プルーン(セイヨウスモモ)」という名前だったことを知りました。
それはそれは恥ずかしそうに。
「商標の普通名称化」は、国や地域などの広いコミュニティにおいて見られる概念です。
しかしこれは、「商標の普通名称化」が個人的に発生した例と言って良いでしょう。
どうしてそんなことが起こったのでしょうか。
考えられるのは、友人の実家ではお父さんもお母さんもプルーン(セイヨウスモモ)のことを「ミキプルーン」と呼んでいるケース。
スーパーで売っているドライフルーツのプルーンのパッケージにはでかでかと「プルーン」と書いてあるけれど、たまたまプルーンを買う慣習の無い家で、テレビCMで見てなんとなく覚えた「ミキプルーン」というフレーズをそのまま果物の名前として認識していたケース。
「商標の普通名称化」の個人的な発生は、考えれば考えるほど面白い現象です。
自分が当たり前に認識している物の名前が、本当は全く違う名前で、自分だけがそう呼んでいるだけかもしれない。
しかもそれは、誰かに指摘してもらわない限り、気づきようがないのです。
もしかしたら、あなたの身にも起こっているかもしれませんよ。
あなたにとっての「ミキプルーン」が。
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