同値関係と両立する写像(7)
前回の『同値関係と両立する写像(6)』では、合同関係を群の場合で調べた。群の任意の合同関係に対して正規部分群が1:1対応した。
今回は、合同関係を環の場合で考えてみよう。すると環におけるイデアルのが1:1に対応する。
1.環の定義
集合Rに加法(+)、乗法(×)の2つの2項演算が付与されていて、(R,+)について可換群、(R,×)について単位的半群、そして加法と乗法の間には次の(両側)分配法則を公理に付け加える:
a×(b+c)=a×b+a×c, (b+c)×a=b×a+c×a
(a,b,cは環Rの任意の元)
このとき、(R,+,×)を環という。文脈上必要なければ、単にRと書いてこれを環と呼ぶこともある。
また、加法の単位元を0、乗法の単位元を1で表す。特に加法に関する可換群のことを加法群と呼ぶ。
乗法×については、
a×b=ab (a,b∈R)
と×を省略することがある。
環の公理に、乗法についてはその可換性:
ab=ba (a,b∈R)
を課さないことに注意しよう。これを課した場合は特に可換環と言われる。今回の議論では可換性はいらないが、あっても成り立つ。
環の公理から、
a0=a(0+0)=a0+a0
より、a0の加法に関する逆元-a0を両辺に加えれば
a0=0 (a∈R)
を得る。aと0の積の順序を入れ替えて同様にすれば、
0a=0 (a∈R)
を得る。
なお、1点集合{0}も自明な加法・乗法によって上記の公理をすべて満足するから環となる。これを零環と呼ぶ。このことは0=1であることと同値になる訳だが、このような環でも今回の議論では特に問題ない。
さて、環Rを一般のn項演算(n≧0)を使った代数系として再表示しよう。環Rに付随する演算は
・2項演算である加法(+)、乗法(×)
・1項演算である加法逆元(-)
・0項演算である加法および乗法の単位元の存在(0,1)
をもつ。従って、環Rはその付随する演算をすべて付け加えた代数系
(R,+,×,-,0,1)
となる。
従って、環Rの合同関係とは、これらすべての演算と両立するようなRの同値関係のことである。
Rの部分集合AがRのこれらの演算に関して閉じているとき、AはRの部分環といわれる。実質的には、A⊂Rが部分環であるとは、
・(A,+)についてRの部分加法群
・(A,×)についてRの部分単位的半群
であることが必要十分である。
Rの元aを固定したとき、左からaを乗じる写像
R→R
x↦ax
が定まる。これを左a倍写像ということにする。一般にRの部分集合Aについて、Aの元aを左a倍写像:R→Rに対応させる:
a↦左a倍写像
とき、その対応のことをAのRへの自然な左作用という。AのRへの自然な右作用も同様に定義される。Rが可換環のときは自然な左作用と自然な右作用は一致するから、左・右の区別はなく、このときは単にAのRへの自然な作用という。
AのRへの自然な左作用は、各a∈Aについての1項演算とも見れる:
R→R
x↦ax
従って、Rの部分集合BがAのRへの自然な左作用で閉じているというのは、各a∈Aについて上の1項演算について閉じていることを意味する。右作用についても同様である。特に左作用と右作用について閉じているとき、両側作用で閉じているという。
2.合同関係からイデアル
環(R,+,×,-,0,1)に合同関係~が与えられているとする。
同値関係~が加法と両立するとは、
a~a’,b~b’ ⇒ a+b~a’+b’
(a,a’,b,b’∈R)
である。このとき、
a~a’ ⇔ a-a’~0
(a,a’∈R)
を満たす。
同値関係~が乗法と両立するとは、
a~a’,b~b’ ⇒ ab~a’b’
(a,a’,b,b’∈R)
である。このとき、
x∈R,a~0 ⇒ xa~0,ax~0
(x,a∈R)
そこで、加法群(R,+)に関して0の同値類を
A={a|aはRの元で、a~0を満たす}
とおくとき、上のことから、
・~が加法と両立する
⇒ (ⅰ)(A,+)はRの部分加法群である
・~が乗法と両立する
⇒ (ⅱ)(A,・)はRの自然な両側作用で閉じている
ということがわかった。
この(ⅰ),(ⅱ)の条件を満たすRの部分集合AのことをRのイデアル(ideal)という。
また、このとき
a~a’ ⇔ a-a’∈A
が成り立つ。
3.イデアルから合同関係
Rの空でない部分集合A≠Φを取る。
a~a’ ⇔ a-a’∈A
(a,a’∈R)
によって関係~を定義する。
(A,+)をRの部分加法群(条件(ⅰ))とすると、これは同値関係となる。このとき、0∈Aであるから
A={a∈R|a~0}
であることに注意しよう。
また、このとき
a~a’,b~b’ ⇒ a+b-(a’+b’)
=(a-a’)+(b-b’)∈A
⇒ a+b-(a’+b’)~0
⇒ a+b~a’+b’
となるから、同値関係~は加法と両立する。
(A,+)がRの部分加法群(条件(ⅰ))でさらに(A,・)はRの自然な両側作用で閉じている(条件(ⅱ))とすると、
a~a’,b~b’ ⇒ ab-a’b’
=ab-ab’+ab’-a’b’
=a(b-b’)+(a-a’)b’∈A
⇒ ab-a’b’~0
⇒ ab~a’b’
となるから、同値関係~は乗法とも両立する。
まとめると、
・(ⅰ)(A,+)はRの部分加法群である
⇒ ~は加法と両立する
・(ⅰ)(A,+)はRの部分加法群で、
(ⅱ)(A,・)はRの自然な両側作用で閉じている
⇒ ~は乗法と両立する
ということがわかった。
(R,+,-,0)は加法群だから同値関係が加法と両立するとき、その同値関係は加法群(R,+,-,0)の合同関係である。
一方(R,×,1)は単位的半群であるが、乗法に関する単位元1の存在が定める0項演算は、常に任意の同値関係と両立し、ゆえに乗法と両立する同値関係は単位的半群(R,×,1)の合同関係である。
よってRの部分集合Aがイデアルであるとき、上で定める同値関係~は、環(R,+,-,×,0,1)の合同関係である。
また、このとき
A={a∈R|a~0}
であった。
4.1:1対応
こうして、環Rについて
{Rの合同関係}↔{Rのイデアル}
~ ↔ A
と1:1の対応がつく。
こうして環のイデアルは、環の上の合同関係によって特徴づけられるし、逆も同様である。
5.まとめ
今回は環を例に合同関係について調べた。環の合同関係は自然にイデアルを引き起こし、イデアルによって特徴づけられることをみた。