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悪役の見えない時代に必要なのはプログラムのアップデート『野生の島のロズ』【映画感想】

あらすじ

大自然に覆われた無人島に流れ着き、偶然にも起動ボタンを押されて目を覚ました最新型アシストロボットのロズ。都市生活に合わせてプログラミングされ、依頼主からの仕事をこなすことが第一の彼女は、なすすべのない野生の島をさまよう中で、動物たちの行動や言葉を学習し、次第に島に順応していく。そんなある日、雁の卵を見つけて孵化させたロズは、ひな鳥から「ママ」と呼ばれたことで、思いもよらなかった変化の兆しが現れる。ひな鳥に「キラリ」と名付けたロズは、キツネのチャッカリやオポッサムのピンクシッポら島の動物たちにサポートしてもらいながら子育てという“仕事”をやり遂げようとするが……。

https://eiga.com/movie/102083/

レビュー
TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』の人気コーナー【週間映画時評 ムービーウォッチメン】課題映画になったので感想メールを送りました。このレビューはそのメールの全文です。


1:いま語るべきメッセージがある

『野生の島のロズ』吹替版で見てきました。アニメーション的快楽に溢れた美麗なルックは当然最高レベルですが、なによりも「いま語るべきメッセージ」が込められている名作だと思いました。
 
近年のエンタメ作品は単純な勧善懲悪が難しく、特に悪役の設定に課題があると思います。アニメで言えばピクサーやディズニーは特にそういった課題意識があるはずで「ピクサーは比較的うまく課題解決するがディズニーは時々失敗する」というのがざっくりした私の偏見です。本作『ロズ』ですが「悪役の見えなさ」が非常に巧みだと思いました。
 
終盤に登場するロボットたちは「悪役」と言えるかもしれませんが、実際はロボットを製作した企業が存在し、人間社会の存在が匂わされています。本作は基本的に島で生活をする多様な動物たちの命の営みにポイントを絞っています。

終盤のロボットたちは彼らの意志によって行動しているというよりあくまでプログラムの指示に従っているだけであり、あのロボットたちが悪意をもって攻撃していたわけではないように見えました。つまり島の外からやってきた「脅威」であって、「悪」とは少しニュアンスが異なると思いました。

なんだか憎めないタコ型ロボットちゃん

2:確実に壊れ始めている世界だが、誰のせいなのかはよくわからない

本作のクライマックスでの活劇を、私はある種のディザスターだと捉えています。まさにそういった光景がでてきますが、ロズが「私がこの島に残っていたらいずれまた彼らはやってくる」と言っていたように、あのロボットたちは日本人にとっての「地震」「台風」「豪雨」、つまり天災のようなものとして見えました。天災を「悪役」だと捉える人はなかなかいないように、あのロボットたちを「悪役」だと一面的に捉える人はなかなかいないのではないかと思います。

「まさにそういった光景」

そんな「悪役の見えなさ」というのは現代を生きる我々がうっすらと抱えている居心地の悪さに似ていると思います。特殊詐欺集団の末端ばかりを逮捕してもなかなか親玉にたどり着けない事態はジェイソン・ステイサム a.k.a.ビーキーパーの力でもないと解決できませんし、あまりにも悲惨な自然災害の根本原因は誰にもよくわかりません。

政治ではトランプ大統領がやりたい放題やっているようにみえますが、トランプ本人が積極的にサインをしているというより周辺にいる人々の思惑に彼が乗っかっているだけに見える瞬間があります。「この世界を壊しているのは誰なのか」がハッキリと見えない気持ち悪さのなかで私たちは暮らしている気がします。

彼はとんでもないところまでたどり着いてしまいました

3:一度プログラムを疑ってみる

本作『ロズ』で描かれる無人島は弱肉強食の世界。人間視点ではとても残酷でシビアな「食べる」「食べられる」の関係性をすべての動物たちが受け入れている世界。

ロズに肩入れしてあの無人島を見てみると、私は先に述べたような居心地の悪さを感じました。あの島で頂点に君臨するクマ(ソーン)がいますが、彼は人間およびロズ目線ではかなりの脅威ですが、しかし彼は動物として当然の行動をとっているに過ぎません。

本作はこの「悪役の見えない」時代に必要なのは「プログラムのアップデート」だと断言し、それをロボットのアップデートと重ねて語っていることが素晴らしいと思います。「食べる」「食べられる」の関係性のプログラムを一旦アップデートしてみる。そうすれば全員がディザスターを乗り越えられる。


 「プログラム」は「本能」や「ステレオタイプにもとづく偏見」と置き換えてもいいと思いますが、「見えない悪役」に脅威を感じて敵意を抱くよりも、一度その「プログラム」を疑ってみることで世界の見え方が変わるのではないか。これはアメリカだけでなく世界中で起こっている分断や二極化にいえることで、もちろん日本も例外ではないでしょう。

最先端の技術で今考えるべき価値観を提唱してみせている。

いま評価されるべきで、いまたくさんの人に見られるべき作品なのではないでしょうか。私も「ピクサーは悪役の設定がうまく、ディズニーは下手」という偏見を一度捨ててみようと思いました。


あとがき

番組開始15分前にメール送信。そして先ほど宇多丸さんの評論を聴き終えました。思いのほか熱量がすごかった。

私もこれは「名作」だと思います。ただ、ちょっと本音をいえば「え?そんな熱量で大傑作って感じかな?」という気持ちがないわけではない・・・。客観的にみて高く評価されるべき名作なのはわかるけど・・・って感覚。

否定派メールもわかるなあ、と思いました(特に「母親」の指摘は鋭い)。


弱肉強食の世界について真面目に考えるとちょっと釈然としないところがあるんですよね。この映画はファンタジー(虚構・嘘)であって、「嘘と物語は親戚」というセリフを言わせている作り手の意図もよくわかる。わかるんだけど。でもやっぱあのクライマックスのあと、また弱肉強食の世界に戻るんだよねぇ・・・と思ったら切なくなったといいましょうか。ちょっと欺瞞の部分も見えちゃったというか。


あと、これは私がただそういう考え方をしているというだけの話かもしれませんけど。この映画で良しとされている要素が「その要素なら別の映画で好きなやつがあるなあ」って思っちゃったのが一番引っ掛かっている原因かもしれません。

例えば「親離れ・子離れ」だと、それを隠しテーマ的に仕込んでいた『インサイド・ヘッド』のほうが好きだなあとか。育児を終えたら終えたでやってくる切なさは『6才のボクが、大人になるまで。』で見たなあ、みたいな。いずれも育児を経験したことのない人間が書いているので説得力がありませんが。

あとは「ロボットと友情」みたいなのは最近『ロボット・ドリームズ』見たばっかりだしなあ、とか。ロズは『ウォーリー』のかわいさには勝ってない!とか。変なことばっか考えちゃったかもしれません。


とはいえ、よき映画とはやはり「劇場に入って、映画をみて、劇場から出たら自分の景色が変わるもの」と思っていまして。その点『野生の島のロズ』が誰にとっても素晴らしいと思える全方位型の名作であることに疑いの余地はありません。きっと数年後の新作映画をみている際中に「なんかこれ『野生の島のロズ』みたいだな」と頭で考えている自分が容易に想像できます。

見るか迷っている人がいたら見て損はない!と断言はできると思います。




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