見出し画像

マンガ:「船場センタービルの漫画」、これは「マンガを描くこと」のマンガ。

わたしは気が付いてしまった。立食そばを「りっしょくそば」というとなんかセレブで、立食パーティーを「たちぐいパーティー」というとかなり品が下がる、ということを。あーどうでもいい。さて、本日はマンガ。

画像1

■ 「船場センタービルの漫画」
作 者 町田洋
掲 載 トーチweb
発 行 2020年
状 態 なんども読んだ

本作は、トーチWebにて今年6月から公開されている。タイトルの「船場センタービル」というのは、大阪市のほぼ中央を東西にはしる幹線道路の高架下にある商業施設。今年、これが建てられてから50年を迎えるということで、本作が描かれた。同時に、本作を原作としたアニメーションも公開され、こっちは船場センタービルのサイトで視ることができる。


最初のページを見たとき、とにかく白いな、とおもった。また、著者のメンタルは大丈夫だろうか?とも。しかし読み終えたときには、意外や意外、なんともいえないあたたかく、多幸感があった。このマンガのもつ独特な雰囲気はなんなんだろう。

このマンガの主人公は、著者の町田自身だ。あるとき、船場センタービルのPRマンガを描いてくれとメールで依頼がくる。そのとき、患っていたうつ病が快方に向かう途中で、それでも、とうていPRマンガを描けるメンタリティではなかった。依頼を断ろうと「いま、わたしが描きたいのはうつ病のことです」と返信する。が、先方からは「じゃあ、それで」と返ってくる。なんと。うつ病を題材にした商業施設のPRマンガ……そんなのあり? 主人公も読者も同時に驚く。ここは思わず笑ってしまった。

病み上がりの主人公は、ぼおっとした頭で船場センタービルを見てまわる。専門店ひしめくそのなかの雰囲気は「横丁」的だ。関東に住むわたしは、中野ブローウェイとか自由が丘デパートとかを思い浮かべた。主人公はここで働く人たちをスケッチしていく。

著者の町田洋は、2013年に『惑星9の休日』でデビュー。翌2014年には『よるとコンクリート』を刊行している(ともに祥伝社)。ここに収録された「夏休みの町」は、文化庁メディア芸術祭の短編マンガ部門で新人賞に選ばれた。わたしが知ったのはこのタイミングで、たむらしげると久米田康治をあわせたような画風、透明感のある世界観で、こういう短編で読ませるマンガを待っていた!と、とすぐに単行本を購入した。その後、ブランクがあって2018年に『モーニングツー』11月号で「砂の都」を連載開始する。が、この連載は2019年5月号を最後に連載は止まっている。本作にも描かれている、うつ病のためだろう。このマンガは、1年ぶりに公開された町田の作品ということになる。

過去作をあらためて読むと、町田は繰り返し同じモチーフを描いていることがわかる。それは、①奥行きある風景(「惑星9の休日」の砂漠、「それはどこかいった」における地平線)だったり、②日常や社会から切り離されたエアポケット的な時間(「夏休みの町」の夏休み、「午後二時、横断歩道の上で」の休日)だったり、③光の影(作品すべて)だったり。

それらは「船場センタービルの漫画」でも登場する。たとえば、①は、ビルの通路。なにせこの施設は全長1キロもある。どこまでも続く通路が何度も描かれる。②は、主人公が病気療養中だ。病気で休むことって、それまでの社会からも日常からも切り離された、人生のなかでぽっかり空いたような期間になる。

そして、③。これだけは過去作と印象がちがう。わたしの第一印象は「とにかく白い」と書いたが、本作には、黒いところ=影があまりない。町田はこれまで光と影をはっきり描くのが作風だった。「惑星9の休日」は、恒星への公転に対して垂直に時点しているためできた、星の「永久影」についての話だし、「夜とコンクリート」では、真夜中の自販機の光や夜明けが効果的な演出になっていた。


その光には、ほっとするような優しさがある。たとえば、美術館のロビーに差し込む光のような。プールの底にとどく夏の陽射しのような。単行本をあらためて手に取ると、その紙には、質感のある、黄色がかったものを選んでいることがわかる。それによって白い部分は、真っ白なコピー紙なんかに刷るより、やわらかな光が当たっている表現になっている。きっと、こだわりがあるのだろう。

「船場センタービルの漫画」では、影があまり描かれなかったために、気が付けなかったけど、このマンガがずっと白いのは、すなわち、その世界が光につつまれている、ということなんじゃないか、とおもえてくる。

精神の疾患をかかえたミュージシャンは、だんだんと心が回復していく内面について、あたりまえの風景を、素朴かつできうる限りの賛辞で描写することで歌にしてきた。たとえば、アントニオ・カルロス・ジョビンの「三月の水」や、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ザ・ベイ」。

このマンガは、町田にとってそのようなものなのではないだろうか。作中の「働く人は美しいです」というセリフは、外の世界へと自分の視界が開けていく実感だ。本作の白さは、閉じていた世界に光が差し込み、みえるものすべてがいきいきとして捉えられる多幸感をたたえている。本作はコロナ禍で公開され反響をえた。塞ぎ込みがちだったタイミングだからこそ、多くの人に響いたんだとおもう。

そこまでことばにしてみて、もう一度この「船場センタービルの漫画」読む。コマと線だけで素朴に描かれたこの作品は、「マンガを描く」ということを描いたマンガなんじゃないか、と思いいたる。

マンガ家は、真っ白な紙にペンでひとつの世界を創り出す。作中に「世界の真実が わかる」というセリフがある。最初は、なんだかスピリチュアルめいた言葉として受け取っていたが、これは町田が、自分の世界=マンガを描くこと、を取り戻す糸口を掴むことにほかならない。

そして、この作品の最後のセリフは、「みんな幸福になってくれ お願いだ」。そう祈りながら、いつも白い紙に筆を走らせているのだろう。町田の描くマンガのあたたかさは、そんなところからきているのだ。気が向いたらでいいけれど、また町田がみているその世界を描いてほしい。

いいなと思ったら応援しよう!