「もう帰らない」

 棺桶の中に入った親父を静かに眺めていた。周りには顔見知りが一人、二人いるくらいだった。当然だ。こいつはろくでなしだった。酒や薬に手を出して、幼い僕とそして、母に手を挙げ続けていた。

 そんな親父が死んだ。悲しみもなければ悔しさもない。過労死した母を淫売と罵っていた奴など生きる価値がない。むしろ、死んで骨になってその無駄についた贅肉がこの地域の自然の一部になるのだから、死んでようやく釣り合いが取れるってもんだ。

 親父の葬式を終えた後、予約しているバスまで時間はあったため、久しぶりに訪れた故郷を巡った。

 生まれた地は相変わらず変わっていない。路上の隅では薬をキメている奴。喧嘩するやつ。飲んだくれて道端で倒れ込んでいるやつ。

 ここはそんな奴だかりだ。昼間から薬と酒とセックス。そればっかりだ。そんな場所でもどこかノスタルジーのようなものを感じるのは人間の性なのかもしれない。唯一愛してくれた母との思い出が詰まっているからだろうか。

 まあ、最悪の場所とはいえ、生まれ育った街なのは間違いない。時計を確認すると予約していたバスの時間が近付いていたので、僕はバス停に向かった。

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