「痴漢と怒り」
「痴漢です!」
金切り声を上げながら,中年の女が僕の腕を掴んだ。そんな事をしてないし,第一吊り革を両手で持っていたので、不可能だ。
「誤解です! 第一僕は両手でつり革を持っていた!」
周囲から刺さる無数の冷たい目線。誰も僕を味方してくれない。そりゃそうだ。痴漢冤罪の認識が広まったとはいえ、まだまだ女性の主張が強い世の中だ。視界が闇に覆われ始めた。まずい。終わる。人生が終わる。
「いや、その人やってないですよ」
その言葉を聞いた瞬間、目の前を覆っていた闇が晴れた。声の主は大学生くらいの青年だった。次の駅で僕達は降りた。女性が未だに僕を睨んでいた。青年が駅員を呼んだ瞬間、駅員の男性が眉間にしわを寄せた。
「またあんたか!」
駅員が女を怒鳴りつけた。女の顔が驚きから怯えに変わった。話を聞くと痴漢冤罪の常連らしい。女は駆けつけた警察に連行された。
「ありがとう」
僕は青年に感謝を告げると、青年が恥ずかしそうに笑った。この青年はとても賢かった。他の乗客とは違って。でも彼らにも罪はない。
ただ、思考力が足りなかっただけだ。