御相伴衆~Escorts 第一章 第七十二話暗澹たる日々②「木から落ちた猿、泣きっ面に蜂」
「数馬、大丈夫?」
「はあ、こういうのを、猿も木から落ちる、って言うんだよな」
「無理したんじゃないのか?張り切り過ぎたのだろうな、お前の事だからな」
「皆、そんな、覗き込むなよ、脚、ちょっと、やっただけだよ。やっぱり、一年のブランクが響いてるなあ、俺としたことが・・・」
「過信は良くない。慎重に進めるべきだ」
俺は、中庭で宙返りの練習をしていた。実は、ここに囚われる直前に練習していたのが、高い所から、飛び下りながらの宙返りだったのだが、その時はまだ、親爺や兄者が補助してくれていた。殆ど、完成形になっていたから、できると思ったが甘かった。少し、背が伸びて、体重も増えたせいかな。目算誤って、脚のつき方をしくじって、捻挫をしてしまったらしい。
「数馬、大丈夫なのかしら?・・・あーあ、御殿医が見る所だと、じっとしてれば、一か月ぐらいで治る見込みと聞いているのだけれども・・・」
俺以外の三人は、簡略の挨拶で、頭を下げた。ベッドの上からで申し訳なかったが、俺も、お妃様に頭を下げた。俺が運ばれた医務室に、お妃様がわざわざお越しになられたのだ。
「まあ、皆、同胞思いなのねえ。プライベートでは、揃ってるの、初めて見たかしらね。・・・フフフ、眼福だわ。私の御相伴衆」
「あ、わざわざ、すみません。ご心配おかけしました」
「こちらはね、まあ、色々と、御殿医に用事もありました。ああ、女美架も何とか、元気になりましたから、桐藤、柚葉、慈朗、明日から、学校、よろしくお願いしますね」
「はい、わかりました」
「お任せください」
桐藤、柚葉の答えに続き、慈朗も、頷いて、頭を下げた。
「数馬は、学校に行かないで、本当にいいのね?」
「はい、丁度いいです。こんなになっちゃったし、申し訳ないのですけど」
「わかりました。そうねえ、このお部屋、治るまで、私室代わりに使いなさい。ちょっと、狭いけど、御殿医の宿直に近いしね」
「・・・」
柚葉は、少し訝し気な顔つきをした。
「申し訳ありません。早く、治って、芸事に精進して、皆様を楽しませたいと思っていて・・・」
「そうね、上手くいったら、数馬の新しい役付きになるかもね」
「本当ですか?お妃様」
第二皇妃の言葉に、慈朗は、とても、嬉しそうに答えた。
「そうねえ、それもいいかな、と思ってね」
「ありがとうございます」
「お前が言うのか、それを、同胞思いだな・・・と、斯く言う、私からも、お願いしたい所かと思います」
慈朗に引き続き、桐藤までが、数馬の良い評価を求めた。
「皆、仲良しなのは、結構なことだわね。そうそう、数馬に、大事な話があるので、他の者たちは、席を外してほしいのだけれども・・・」
「はい、わかりました」
🔑🎨⚔
数馬以外の御相伴衆の三人は、その部屋を退出し、回廊に出た。
「お前、デレデレして、随分、お妃様に媚び媚びで」
「え、数馬のこと言っただけだよ、柚葉」
「そう?」
桐藤が、この二人のやり取りの様子を見ている。
慈朗が、その桐藤の視線に驚いた。
「何?桐藤」
「・・・お前たち、本当に、そういう仲なのか?」
「興味ある?」
笑いながら、応えた柚葉に、桐藤は、首を横に振った。そして、
「いや、なんか、不思議な感じがして、嫌、別に、俺は構わないから、気に障ったら、謝る。では、一の姫がお待ちなので、失礼する」
そういうと、いつもの感じで、姿勢良く、スタスタと立ち去っていった。
「なんか、面白いなあ、最近の桐藤・・・って、バレてるんだったっけ?」
「ああ、だいぶ前に、バラしといた」
「ひえー、知ってたんだ、やっぱし・・・」
「まあ、やること、しっかりやってれば、プライベートは関係ない、ってことらしい」
「桐藤も、さばけてるんだね」
「妬くなよ。・・・俺たち、やってるから」
「えーーっ?!・・・何、それ、どうしたら、そんなことになるの?桐藤って、ノンケじゃないの?」
「仕事で。内緒な、一回だけ」
「うわあ、大変なんだなあ、やっぱし」
「ほら、前に、高官接待、行ったって、言ったろ?」
「に、したって・・・」
「ん、まあ、そういうことで」
「あああ、見世物にされたのか・・・気の毒に」
「・・・」
柚葉は、一度、振り返って、数馬のいる部屋を見た。
「どうしたの?」
「ううん、まあ、数馬がここということは、お前は、私室でも、お一人様ってことなんだよな?」
「うん、そうだけど・・・まあ、まあね」
「しばらく、自由だなあ、嬉しいね。今夜は、そっちに行こうかな。お前のとこ、お風呂も広いしね、愉しいなあ♡」
👑🏹
第二皇妃は、人払いをして、女官に施錠を命じた。
数馬は、皇妃と二人きりになった。
「あまり、きちんと触れるのは、こないだのお前の様子で、酷かと思いましたが、けじめをつける為にも、お話しないとね。・・・この度は、三の姫の『ご指南役』のお務め、無事に完遂され、ありがとうございました」
「ああ、俺、こんなベッドの上で・・・すみません。いえ、充分にできましたか、わかりませんが・・・」
第二皇妃は、目を細め、数馬を愛おしむように見つめる。
数馬は、もう一度、深く頭を下げた。
「いいのよ。今はね、怪我を早く直して頂戴ね。まあ、それにしても、お前へのご褒美が、学校を辞めて、好きな芸事を、皇宮の者たちの愉しみとして、披露したい、それを認めてほしいとかって。でもね、怪我をしていたら、元も子もありませんね。心配になりますよ」
お妃様、なんか、お母さんみたいだな、一周回って・・・?
・・・数馬は思った。
コンコン
「失礼致します。お妃様、よろしいでしょうか?」
「ああ、お入り」
一人の女性が、奥のドアから、入ってきた。雰囲気が、理知的という感じで、数馬には、彼女が、女官ではないということが、すぐに理解ができた。
見たことのない人だな。お姉さん系だ。
・・・っうか、俺はもう、馬鹿だ。そういうのは、もういいのに。
「この子、数馬ね、お前は、関わっていないのかしら?」
「そうですね。お初にお目にかかります」
「御殿医の一人、維羅です。数馬、今後は、維羅に診て貰うんですよ」
維羅は、丁寧に頭を下げて、穏やかに微笑んだ。
「数馬様ですね。これから、御怪我が治りますまでの診察と、身の周りのお世話させて頂くことになりました。よろしくお願い致します」
「あ、はい、でも、すぐに、治りますし、自分でできると思います。松葉杖とかで移動もできそうだし」
「じゃあ、診察しますから。昨日、滋庵先生に見て頂いたのかしらね?」
「えーと、じゃ、そのようにね、維羅、今後、数馬のこと、よろしくお願いしますね」
「承知致しました」
「あ、お妃様、わざわざ、ありがとうございました」
第二皇妃は、部屋の奥のドアを出ていった。
・・・そう、維羅というこの女御殿医が入ってきたドアだ。こういう作りの部屋、結構、多いんだよな。奥殿とかに繋がっているのが、奥のドアで、こっちのドアは、本殿の回廊に繋がってるんだよな。
「さて、診せてくださいね。包帯、取りますよ・・・ああ、まだまだ、腫れてるわね。よく骨折しなかったわ。あの高い木から、宙返りなんて、無謀なことを・・・」
「俺の、前の仕事が、そういうやつだったんで。過信し過ぎてたのかもしれません。すみません」
「にしたって、しばらく、離れていたのでしょう?無茶したら、ダメよねえ・・・色々、あったにしても、自分を大事にしないとね。心だけじゃなくて、身体もね」
「え・・・?」
維羅という、その女御殿医は、ニッコリと、俺に微笑んだ。なんか、少し垂れ目で、人懐こい感じの人だな。先生というより、看護士のようなイメージだった。服装は、一応、これは処置服なのかな。たっぷりとした、ワンピースのようなのを着ている。色は落ち着いた朱色だ。お妃様より、少し小柄って感じかな、・・・って、俺、何、よく、見てんだか。
「あの、色々って、どういう意味ですか?」
「・・・え?だって、色々とあったのでしょう?数馬様」
「いやあ、維羅先生、様は止めてください。もう、俺、今は、何でもないし」
「何でもない、って、どういう意味?」
「役付き、解かれてて・・・」
「ああ、そういうことね」
「あのう・・・あっ、女性の御殿医って、維羅先生だけですか?」
「そうですよ」
「ああ、そうなんだ」
「そうなんですよ・・・うふふふ」
「あー、すいません。やっぱり、包帯巻くの、速いなあ。自分でやったことあるんですけど、難しくて・・・」
「そうねえ、この際だから、健康診断と、身体検査しても、いいかもね」
「え?俺のですか?」
「誰がいるの?他に・・・」
この人が、三の姫とか、姫たちのお許しの診断してるんだな。そうか。良い人そうで、良かった。なんか、色々、姫が説明してたの、辛そうだったしな。
考えてみれば、一つ一つ、関門みたいなのがあって、正式に、他国に嫁ぐんだ。乗り越え所を越えて。とにかく、三の姫は、これで良かったと思う。維羅先生の世話になり、俺がお世話というか、そういう風にして・・・。
「お疲れ様だったわね。『ご指南役』」
「あああ、はい、ご存知だったんですね?」
「皇宮で、君が、三の姫様の『ご指南役』だってこと、知らない人はいないわよ」
「うわあ、そう、そうですよねえ、考えてみれば」
「あちらのお部屋で、蜜餅、食べさせてあげたでしょ。あれは、簡易の婚姻の儀なのよ。仮婚(かりまぐわい)とも言うんだけどね。要は、仮のご夫婦になって、初めての子を導いて、床の指導をするのが、『ご指南役』のお役目ね。なので、ご結婚と同じ、おめでたいことなのよ。その実、これはね、本来のお相手様とのことがあるまでは続く関係性なんだけど、・・・君との場合、10日もなかったんで。というかね、三の姫様、お早かったみたいね」
・・・え?
「それって、どういう意味・・・ですか?」
「皇宮の皆さん方がね、誰にも言われずに、お部屋引き上げた、勘所の良さは、人知れず、君の評価、高くしていてね。あのタイミングは、大正解だったみたいよ。場合によって、何年も、恋人同士でいることもあるから、こんな短期で結果が出せたのは、皇宮始まって以来で、お妃様、嬉しいよりも、驚いてしまってね。三の姫様のこともそうなんだけど、同じぐらい、貴方のことを、ものすごく、心配してらしたのよ」
・・・そうなんだ。
だから、もう、王子の来る前日に、けじめつけさせられたのか。成程ね。
「お相手の候補の方が出ただけで、もう、俺は、お役御免だったんですね?」
「ああ、ちょっと、お妃様、心配しすぎのフライングだったみたいだけど・・・、結果的には、ある程度のご関係ができたみたいだから、もう、そのまま、そういう形ね。内々のことだから、内緒にしておいてあげてね。聞いてる範囲では、女美架様がまだ、16歳という若さで、学生だということが理由で、お話自体は『保留』になっているそうね。これは正式に、王子の方から、皇帝陛下に伝えられた、お応えらしくて。もう少し、姫が大人になってから、ご結婚そのものは考えるそうですよ」
「・・・結婚しないんですか?まだ」
「そうですね」
「え・・・」
「・・・そうよね。考えちゃうわね。本当に、仲が良かったみたいだから」
「まだ、結婚しないのに・・・?」
数馬の呆気にとられた顔に、維羅は気の毒そうに言った。
「ごめん、辛い事実ね。結婚そのものじゃなくてね、そこじゃなくて、ある程度のご関係ができたら、つまりは、他のお相手に応えられる、という意味で、仮婚の関係は解消するルールなの」
「・・・姫は、もう、じゃあ、・・・」
「どのくらい、進んでるかは、解らないけどね・・・」
・・・嘘だろ。
じゃ、なんだったんだろうか。俺とのこと。
っていうか、熱出したとかって、何か、無碍にされて、ショックだったとか・・・?
いや、アーギュ王子は、そんな男じゃない筈だ。少なくとも。
・・・つうか、簡単過ぎやしないか?
いつだ?あんな短い間に、・・・クッキー作ってた時は、まだだろうな、バルコニーから、あのままだったから。じゃあ、その後、部屋に呼ばれて?
「大丈夫?・・・恐らく、脚の怪我よりも、心の怪我が深そうね」
「あ、いや、えー、なんなんだ、それって・・・」
「納得できないよね、わかるよ」
数馬は、維羅に食い下がるように尋ねた。
「あのう、ある程度のご関係って、どういう意味ですか?」
「うーん、『婚約』ってならないのが、不思議なのよね。でも、理屈としては、ハイスクール卒業までは『保留』ってね」
「いつ、どうなったんだろう・・・?」
「ああ、そこなんだね。そこはねえ。周囲がね、君に大分、配慮してたみたいで」
「・・・」
「朝食会の後、片づけの人数が足りないから、って言われて、君、立候補したでしょ」
「ああ、はい、なんとなく、所在なくて、動いてる方が楽かな、と思って・・・」
「そこから、お見送りも出ずに、荷物、引き上げたんだってね」
「え、ええ、ひょっとして、そんな短い間に・・・」
「2時間のことよ。2時間あればね」
「・・・はあ、見送り出なくて、よかったかも、顔に出たな、確実に・・・」
数馬は、ショックというのか、驚きを隠せずにいた。
「可哀想だけど、ぼかしとくよりは、蹴りがつく、というものね」
「それって、どうして、解ったんですか?」
「うーん、まあ、一応、ご本人に、診察を兼ねて、お聞きしますから」
「ああ、それじゃあ、一番知りたいこと、知ってる方なんですね。維羅先生は」
「あ、数馬は、様づけが嫌なのよね?私も維羅でいいです。先生って、なんか、性に合わなくてね。皆、維羅と呼びつけにしますから、そうしてもらえると助かります」
「はあ・・・なんだよー、でも、それって、保留じゃないんだ。実質」
「そう。だから、不思議なんだけどね。姫様も『保留』って言い張ってね。婚約の意志はないのか、ってお妃様にも言われて、まずは、学校を卒業してから、きちんとしたいと、姫様、随分、頑張ってね。恐らく、王子の方のご事情に合わせてるような感じがしてね」
「よく、わかんねえ。それとこれとは違うんだ」
「そうねえ、お二人の事は、お二人にしか、解らないものね。あの姫様が、ある意味、アーギュ王子を、ものすごく、庇ってるみたいに、見えるものね」
「ああっ、もういいです、・・・すみません」
「あああ、ごめんなさいね、数馬」
数馬は、毛布を、顔までかけた。
畜生、解ってたけど、桐藤に言われてたからさ。
でも、こんなに早いなんて、思ってもみなかった。
きっと、俺より、背も高いし、確かに、完璧な王子様だったろうから。
いいんだ。これで。
姫が俺より、そっちを選ぶのなんて、当たり前のことだから。
そうだ。本当に、桐藤の言う通りで、俺がプロセスで、王子がゴールなんだな・・・。
維羅は、数馬が泣いているのに気づいた。
・・・足の傷と、心の傷、両方治してやって、と、お妃様に言われたんだけどね。しばらく、様子見だわね。
~暗澹たる日々③につづく~
みとぎやのメンバーシップ特典 第七十二話 暗澹たる日々②
「木から落ちた猿、泣きっ面に蜂」 御相伴衆~Escorts 第一章
今回もお読み頂きまして、ありがとうございます。
いつぞや以来の、維羅の登場です。
これまで、その実、御相伴衆のメンバー、それぞれと関わってきているキャラクターです。
今、数馬のいる治療室は、奥殿に当たる部分で、回廊がある方が皇宮の本殿になるようです。奥殿は、実質、皇帝や皇妃の私室もあり、御殿医の管轄の場所が、その境となっているようです。この部屋を介して、二つのドアから、本殿と奥殿を繋いでいるという感じですね。姫や御相伴衆は、本殿に居留しているようです。
以降、数馬は、奥殿の務めとなるようですね・・・。
次回は、三の姫とアーギュ王太子サイドの話になります。
お楽しみになさってくださいね。
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