親友の秘密① ~守護の熱 第四話
今夜も冷える。しかし、今夜は、流星群が見える日だ。一層の防寒をし、今回は、水筒に、温かいココアを作って持っていく、と言っていた、羽奈賀を宛てにして、俺は、例の星見の丘で、待っていた。
約束に遅れることのない、羽奈賀が、一時間経っても、一向に来ない。まあ、撮影はもう間もなく、始めたいのだが・・・。そのまま、カメラと三脚を置いていくわけにもいかず、俺は、ひとまず、その荷物を、丘を下った先の、海岸の端にある、漁師小屋に隠して、羽奈賀を迎えに行こうと考えた。坂を下っていくと、また、見たことのある光景に出くわした。
例の自販機の前で、また、一組の男女が話をしている。俺は、坂道を降り切れず、傍の大木の影に、咄嗟に隠れた。
女が男に、封筒を差し出す。男は、それを受け取ると、女を抱き寄せて、その髪を撫でる。すると、女が男に取り縋った。まるで、ドラマを見ているような感じだった。その二人は、やはり、先日の二人で、その女は、よく商店街で擦れ違う、例の女性だった。男は、彼女の肩を抱いたまま、封筒の中身を確認するように見た。軽く口づけると、男は彼女から、スッと身体を離して、去りかける。・・・通り過ぎるだけにしても、出て行くに行けない感じだ。
「あ・・・」
「またな、助かった、清乃」
彼女は、男と視線を合わせると、少し、寂しそうに、手を振った。
あ・・・、あの時、同じだ。
といっても、違うよな・・・精肉店で手を振っていた、彼女のことを思い出していた。そして、同時に、その名前は、精肉店のおばさんも、そう呼んでいた名だ、とも思い出した。
「そうだ、羽奈賀・・・」
そうだった。ついぞ、見てしまった。こんなことをしているうちに、流星群の来る時間になってしまう。彼女が、山の方へ立ち去るのを見送ってから、丘を下り、海岸の端の小屋に、機材を隠してから、羽奈賀の屋敷まで走った。
羽奈賀の瀟洒な洋館の前まできた。冷たい風が、大きな庭の木々を振り回しているようだ。昼間、何度か、この門前までは、来たことはあった。
「色々、父の仕事の関係の人が出入りしていて、いつも、落ち着かなくて、ごめん、呼べなくて。今度、呼ぶから、その時、来て」
そう、言われていた。俺の家にもと誘ったが、羽奈賀は、不思議と、家にも来なかった。
その門前に来た。大きな、白い門扉が開いていた。敷地内には、見るからに、高級そうな車が停まっている。ああ、また、親父さんの関係の集まりでもあるのかな、と俺は思っていた。
「失礼します」
俺は、軽く声をかけて、頭を下げて、庭に入った。ひとまず、邪魔にならないように、外から様子を見て、何か、取り込んでいるようなら、今日は、誘うのは止めて、一人で丘に戻ろう、と考えていた。
庭を少し回り込むと、人が談笑しているような感じが、聞こえてきた。
窓にレースのカーテンがあり、その奥で、人の動く気配があった。音楽が聞こえる。近寄ってみると、やはり、十人ぐらいの人がいた。パーティとか、会食をしてるような感じだ。大人の気飾った男女が、ダンスをしたり、グラスを交わしたりしている。異国風の感じがして、やはり、ランサムで暮していた羽奈賀の家らしいと、俺は感じた。
その中には、羽奈賀はいなかった。親父さんの手伝いとかをしてるかもしれないが・・・。そのまま、中庭に回り込む。いくつかの部屋は、電気が消えており、人はいないようだったが、離れの奥の一室に、灯りがついていた。
「確か、羽奈賀の部屋は、離れだって、言ってたな」
俺は、呟いて、その灯りの元に向かった。人の影があった。一人ではないようだ。何か、親父さんの手伝いを指示されてたりしているなら、それでいい。帰ろう。ちょっと、覗くのは気が退けるが、流星群が来る予定時刻まで、三十分を切った。思いきって、窓から、中を見てみることにした。
「え・・・?!」
女の子なのかな・・・また、まずいものを見てしまった。間違えた。ここは、羽奈賀の部屋じゃない。ランサム人であろう、金髪の髪の男が、少し若い感じの女の子を抱き締めて、口づけていた。
羽奈賀に、お姉さんがいたのかな?ああ、今日、二回目だ。人の、そんなのばかり・・・。悪いことをした気がした。多分、羽奈賀は、奥で手伝っているに違いない。今日は、諦めよう。そう思って、離れようとした時、それは、聞こえてきた。
「影、やはり、こちらに戻りませんか?」
「叔父上」
「君が帰ってしまって、とても寂しくて・・・それに、私の後を継いで、デザイナーの仕事をしてくれると、約束してくれましたよね」
「・・・はい、でも、今は」
「どうでしょう?ランサム大学の芸術学部、君なら、推薦で入れますよ。遠縁ですが、王室の関係者でもありますからね」
え・・・?・・・羽奈賀、の声・・・?
俺は目を疑った。言葉こそ、ランサム語でやり取りをしていたので、内容は解らなかったが・・・。やはり、ここは、羽奈賀の部屋だったのだ。女の子だと思っていたのは、他ならぬ、羽奈賀自身だった。さっき、名前が呼ばれていた。「影」と。信じられないと思いながら、見てはいけなかったのだ、と、慌てて、立ち去ろうとした。その時、出窓に飾ってあった、鉢植えに手を掛け、落としてしまった。派手な音で、それは、地面に砕け散った。
羽奈賀が、それに気づいて、慌てて、窓の外を見た。こちらに向かって来た、彼の姿は、白いブラウスの前が開き、肌蹴ていた。俺は、逃げるに逃げられずに、部屋の中から、窓の外を見降ろす羽奈賀と、目が合ってしまった。
羽奈賀は、俺に気づくと、見たことのない、悲しそうな顔をして、視線を外した。目が潤んでいた。
「どうしました?影?」
「友達と約束をしてると、・・・彼が、迎えに来てしまったのです」
「おや、そうですか。では、行っていいですよ」
「はい・・・」
慌てたように、窓の奥に羽奈賀は消えた。俺は、その場で、少し立ち尽くしていた。間もなく、羽奈賀がコートを羽織り、玄関のある方角から、こちらへやってきた。
「ごめん。連絡できなくて。ココア、用意してないんだ」
「・・・いいよ、来てしまって、悪かった」
「ううん、・・・いいんだ」
「あと、その鉢植えも・・・」
「そんなのいいよ」
「行けるのか?」
「うん、行きたい。・・・約束、遅れてごめん」
「それはいいよ」
その後、俺は、ゆっくり、羽奈賀の歩調に合わせて歩いた。
「見られちゃった。どこから、見てたの?まぁや」
「あ、いや、何も、俺は・・・」
「何も、って?」
「ああ、・・・その・・・」
「いいよ。もう、済んだ後だったから、叔父様も、僕のこと、離してくれたから」
「・・・済んだ、って・・・?」
「ふふふ、そうだよ。もう、した後だったから」
「・・・あ、ああ、そうだ。漁師小屋に、機材隠してきたから、海岸の方、寄ってもらってもいいかな?」
「解った」
羽奈賀の家の敷地を出て、海岸の方へ向かう。
さっき、羽奈賀の口から、何か、凄いことを聞いたような気がした。でも、聞き直す気はなかった。そのまま、今夜は、流星群を撮影しようと思った。そうだ、あの坂下の自販機で、ココアは買えばいいし・・・。俺は、そんな風に、普通のことを考えようと努めながら、漁師小屋を目指した。羽奈賀が少し、遅れがちになる。
「向こうの、崖の方って、良い景色だよね」
「え?」
「少しだけ、撮影の前に、行っても、いいかな?」
何か、呟くように言うと、羽奈賀は踵を返したので、俺も、慌てて、それについていった。
「羽奈賀、そっち、危ないぞ。気を付けろ」
「・・・」
「羽奈賀」
少し、小高くなっている崖の上に、羽奈賀は進んでいく。冬の海の風は冷たい。山中の丘にいる方が温かいぐらいだ。先程のブラウスの上に、コートを羽織ってきただけの羽奈賀が、とても、寒そうに見えた。
「・・・優しいフリして、本当は、軽蔑してるんでしょ?」
「え?」
「こんな僕のこと、嫌いになったよね?」
「・・・羽奈賀、俺、全然、知らなかった。お前、あれ、大人から、無理矢理・・・」
「・・・そうは、見えなかったでしょ?そんなんじゃないから」
「・・・」
「ほら、ここ見てよ」
羽奈賀は、また、ブラウスのボタンを一つ外して、鎖骨の辺りを見せた。先程は解らなかったが、何か所かに、赤い痣のようなものがあった。
「こんなの、身体中にいっぱいあるんだ。・・・僕のこと、可愛いんだって」
そういうと、羽奈賀は、声を立てて、笑い始めた。
「やめろ、そんな・・・羽奈賀、俺、気づいてやれなくて、ごめん」
「何を?何を、まぁやが気づけば、何か、どうにか、なるの?あはは・・・」
羽奈賀は、自暴自棄になっている。多分、先程のことは、人に知られたくないことだったのだろう。それを、俺に見られた。隠していたことが、知られてしまったのは、ショックだったのかもしれないが・・・
「気づいたら、どうにか、してくれるわけ?」
「・・・羽奈賀、どういうことだ?」
「ごめん、もういいんだ」
羽奈賀は、そう言って、俺に背を向けると、その場に、コートを脱ぎ捨てた。その次の瞬間、姿が消えた。驚いて、それを追った。俺は、反射的に、ダウンと、パーカーを脱いで、羽奈賀の落ちた海に飛び込んでいた。
~つづく~
みとぎやの小説・連載中 親友の秘密①~守護の熱 第四話
お読み頂きまして、ありがとうございます。
ただの学園物ではないようですね💦
さて、二人は、どうなってしまうのでしょうか?
1つ前のお話はこちらになります。未読の方は是非、ご一読をお勧めです。
このお話の続きはこちらです。引き続き、お楽しみください💜