『前障』という脳部位。認知、感覚、睡眠、痛みに関係
📖 文献情報 と 抄録和訳
ヒトの病変と動物実験から、前障は知覚、感覚、睡眠、痛みに関係していることが判明
📕Atilgan, Huriye, et al. "Human lesions and animal studies link the claustrum to perception, salience, sleep and pain." Brain 145.5 (2022): 1610-1623.
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✅ 前提知識:前障(claustrum)とは?
- 前障(claustrum)は哺乳類の脳の中の一領域(下図, 青部分)。
- 外包と最外包の間に位置する灰白質である。
- 大脳皮質の広範な領野との間に回帰的(reciprocal)な結合を持つ。
- 大脳基底核の一部に数えられないこともあるが、現在では機能的には関わりは薄いと考えられている。
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[レビュー概要] 前障(claustrum)は、ヒトの脳の中で最も密に相互接続された領域である。臨床的、実験的研究からのデータの蓄積にもかかわらず、前障の機能的役割は未知のままである。本論文では、前障病変の研究を系統的にレビューし、その機能的意義について議論する。前障病変は、認知、知覚、運動能力、電気活動、精神状態、睡眠などの変化を含む多くの徴候や症状を伴う。しかし、多感覚統合や顕著性計算など、現在有力視されている前障機能説を支持する有力な証拠はない。逆に、病変の研究は、前障が皮質の興奮性を制御しているという仮説を支持している。我々は、前障が基本的な認知機能と高次の認知機能の両方を行う複数の脳ネットワークに接続されている、あるいはその一部であることを主張する。このことは、前障の損傷が脳と行動に及ぼす様々な影響を説明することができる。
✅ 図. 前障の位置と接続性。
( A ) 前障の位置を示す挿入図を含むニッスル染色したヒト冠状脳切片。
( B ) Torgersonらから転載された、前門からの発信接続を示す白質トラクトグラフィー画像。
( C ) マルチカラーの逆行性トレーサーによってラベル付けされた前窓を示す挿入図を含むマウス冠状脳切片。
( D ) 前障と他の脳領域との間の相対的な接続強度を示す矢状マウス脳切片の模式図。接続強度は、Zingg で提供されたデータに基づいて評価された。すべてではないが、ほとんどの接続は相互関係。
※ ACA = 前帯状回領域。AI = 前島皮質。Aud = 聴覚皮質。AON = 前嗅核。BF = 基底前脳。CLA = 閉所; DR = 背側縫線; ENTI = 嗅内皮質。ILA = 辺縁下領域。LC = 青斑核; MO = 運動皮質。LOT = 側嗅路の核。ORB = 軌道面積; PL = 前縁部。PTL = 頭頂皮質。PIR =梨状領域; RSP = 後脾皮質。SUMI = 乳頭上; SS = 体性感覚皮質。TTd = 背側無鉤蓋; VTA/SNc = 腹側被蓋野/黒質; VIS = 視覚野。
✅ 図. 脳画像でみる前障
(A)健常者の脳の代表的なT2強調画像。
(B)前障(claustrum)と外被(external capsule)に影響を及ぼすと報告された病変を示すT2強調画像
(C) Fluid-attenuated inversion recovery(FLAIR)画像:外被に影響を及ぼすと報告された病変を示す。
(D) T2強調画像で、鎖骨に影響を及ぼすと報告された病変を示す。
(E) T2強調画像(上)とT1強調画像(下)。
✅ 前障は複数の脳内ネットワークに接続、あるいはその一部である
(A)マウス脳矢状断面の模式図で、前障と感覚に重要な領域とのつながりを強調している。
(B)ヒトとネズミの感覚ネットワークを示す代表的な機能的MRI画像
(C) マウス脳矢状断面の模式図。前障と睡眠に重要な領域のつながりを強調する。
(D)前障と前頭前野(PFC)を刺激すると、ともに徐波様活動が誘発される。
(E) マウス脳矢状断面の模式図。前障と疼痛処理に重要な領域との結合を強調する。
(F)複数の研究データと機械学習分類ツールを用いた、身体的痛みに対する脳活動。
🌱 So What?:何が面白いと感じたか?
『前障』。
多くの人が、知らなかった脳部位だと思う。
第二の視床、という印象を受けた。
すなわち、多くの情報の中継路、ハブをなすような脳部位。
そもそも論に立ち返ってみたのだが、「ハブ」ってなぜ必要なのだろうか。
・空港で考えると、たくさんの人が1ヶ所に集まるから一本の飛行機でたくさんの人を運べる。
・パソコンに接続するUSBハブで考えると、たくさんの外部デバイス(外部ディスプレイ、プリンタ、HHD)が1ヶ所に集まるから、一本のUSBケーブルでパソコンに繋ぐことができる。
すなわち、情報を集約して、スマートに1ヶ所にリンクさせる、というのがハブ機能だろうか。その機能を担う前障が破損すれば、たくさんの関連機能に影響を及ぼすことになろう。
ところで、「理論負荷」という言葉がある。
✅ 理論負荷性とは?
- 科学哲学における概念のひとつ。
- 哲学者のハンソンによって提起された。
- 観察は、理論と無関係に行なわれるのではなく、理論をとおして観察が行なわれるという考え方。
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たとえば、熟練の脳神経外科医はその脳画像をチラッとみただけで病変部位や予測される症状を実に的確に指摘することができる。
一方で、学生に同一の画像を見せたところで、「So What?(だから何)」状態である。
同じものを見ているのにも関わらず、だ。
また、一流の外科医は、画像の重要な箇所が光って見える、浮かび上がって見える、という話を聞いたこともある。
このようなことが、理論負荷だ。すなわち、どこを見ればいいかという「着眼箇所」と「意味」が明確であると、世界の見え方が意味を持たない全部ではなく、意味を持った限定的な点として映るらしい。
これまで、僕の脳画像に対する理論負荷の中に、前障はなかった。
だが、今回の文献を抄読したことで、新たなスポットライトが加わった。
レジェンドの目に近づきたい。
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