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ブラウン=バーチとの再会 ~フォークナー『八月の光』 18~
バナーは、講談社文芸文庫版『アブサロム、アブサロム!』の下巻に掲載されているジェファソンの地図である。
えっ、ミス・バーデンの家と、製材所と、クリスマスの小屋とハイタワー牧師の家、近くね?
アメリカサイズなので、まるで隣同士に見えるところも本当は違うのだろうけれども、わりと近く感じる。こんなのみんな丸わかりじゃね?
そんなふうに突っ込んではいけない。そういうことにしておきましょう。
さて、佳境に入ります。リーナの子どもも無事生まれて、バイロンもとりあえず告白したけれども、爆裂した。それでもなお。あいつ純なやつだなあ。
そういうわけで、バイロンはそのままどこかに行方をくらましてもよかったのだけれども、ブラウン=バーチとをリーナを引き合わせるために奔走することになります。
さて、ブラウンは、例のルーカス・バーチなのでしょうか。
あらすじ
バイロンは、リーナにブラウンを引き合わせるために、ジェファソンにきた。まず、保安官に会いにいったのだが、審問の準備のために会えなかった。バイロンは自虐しながらも、保安官を待ちながら、街を彷徨う。
いつでも、行方をくらましてもいいんだ、とバイロンは思いながら、保安官を待っていた。街の人々に、色々と詮索されながら。そして、保安官がやってくる。
バイロンは、事情を説明する。保安官は、理解し、副保安官をつけて、ブラウンを連れて行ってやろうという。
副保安官は、ブラウンを説得して連れ出す。ブラウンは、なぜ連れて行かれていくのかわからないので渋る。しかし、目的を言うことはできない。逃げられてしまうかもしれないからだ。
バイロンが小屋に戻り、隠れて見ていると、ブラウンを連れて副保安官が来て、小屋に入れた。バイロンは、もう旅立ってもいいなと思い、一度は出発するものの、戻ってきてしまう。
丘はのぼっていき、頂上に近づく。海を見たことがない彼は考える━〈まるで無の世界の入口にいるみたいだな。いったんここをこえたら、あとはただ無の中に乗りこんでいくだけっていうように。その世界では木は木以外のものに見え、木以外の名前で呼ばれ、人は人以外のものに見え、人以外の名前で呼ばれる。そしてバイロン・バンチはバイロン・バンチである必要さえなくなる。もしくはバイロン・バンチでなくなってしまうんだ。バイロン・バンチとその騾馬はどんどん落ちていき、しまいには燃えあがって何でもなくなってしまう━猛スピードのあまり火がついて燃えつきてしまって燃えかすさえも地上にぶちあたることがないとハイタワー牧師が言う、宇宙を突っ走っていく石みたいに〉
ブラウンは小屋に入ると、そこには横たわったリーナがいる。気安く声をかけるブラウン。いや、ルーカス・バーチ。言い訳をするルーカス。大金をもらえるはずなのだが、渡したくない連中がおり、なぜか狙われている。そして、自分はそれから逃げなくてはいけない。窓の外に男がいる、と言い残して、ルーカス・バーチはまた逃亡する。
ルーカス・バーチは、逃げつつ、それでも賞金をせしめたいと思う。逃げながら「黒人」の家族に、保安官に手紙を渡してくれ、と頼む。しかし、その家族たちは、訝しむ。ルーカス・バーチは詳しいことを説明できない。なんとか、断片的な言葉を書きつけた手紙を渡す。しかし、それで賞金がもらえるとは、ほとんど思えない。
バイロンは、ルーカス・バーチを追う。ルーカスが手紙を託した「黒人」家族たちに助けられて、ルーカスに追いつく。ルーカスは、物思いに耽っている。背後から、バイロンは殴りかかるが、相手が体勢を整える時間を与える。
バイロンは、返り討ちにあい、草の上に横たわる。
彼はブラウンがどこに行ったのかは考えさえしない。もうブラウンのことは考える必要がないのだ。彼の頭は再び、さまざまな動かないものの姿で満たされる。それらは忘れられた戸棚の中に一緒くたに積みあげられて静かに埃をかぶっている。手にとられなくなった子供時代の玩具のかけらのようなもので━ブラウン。リーナ・グローヴ。ハイタワー。バイロン・バンチ━どれも生命を持ったことなく、彼が子供の頃に遊び、やがて壊して忘れてしまった小さな物体のようだ。彼がそのようにして横たわっていると、半マイル離れたところにある踏切に近づく汽車の汽笛が聞こえてくる。
ルーカス・バーチが列車に飛び乗るところが見える。バイロンは立ち上がり、家に戻る途中で、ジョー・クリスマスが殺されたことを知る。
感想
バイロン泣ける。ルーカスはクソだけど、こういう人は多いよね。リーナはほとんど期待してないよね。
バイロンが、このまま一人でどこかへ行こうか、それともリーナのところへ戻るか迷いながら、丘を彷徨うところがいい。
いこうか戻ろうか迷っているときに、小屋の中から男が一人逃げていくのを見る。その時の描写。
そのとき、彼の中を冷たく激しい風が吹き抜けていくような感じがする。それは暴力的であると同時に平和な風で、願望も失望も絶望も、悲劇的で虚しい想像も、籾殻か紙屑か落ち葉のようにすべて激しく吹き飛ばしてしまう。その嵐が吹き抜けるとともに、彼は自分が押し戻され、中身がからっぽになったような気がする。二週間前、彼女と出会うまで存在していなかったものが、いまでは何も残っていないような気がする。この瞬間の願望は、ただの願望ではない。それは静かな不動の確信だ。脳が手に信号を送っていると気づくより前に、彼は騾馬を道路からそらし、走っている男が森の中に入った方向と平行してのびている尾根に沿って走らせる。
今回は、ほとんどバイロン・バンチの男気の回でしたね。それだけ。
僕はあいつの女の世話をしてやり、あいつの子供を産ませた。そしていま、あいつのためにしてやれることがもう一つある。僕は牧師じゃないから、あいつらを結婚させることはできない。それに、あいつの方が先手をとってるから、捕まえることもできないかもしれない。そしてもし捕まえたとしても、あいつの方が僕よりもでかいんだから、ぶちのめしてやることはできないかもしれない。だけど試してみることはできる。試しにやってみることはできるんだ。