火事の真相 ~フォークナー『八月の光』4~
現実の時間は、向き合って話している2人のテンポなのに、そこにはイキイキと火事の真相や、火事を引き起こした人物たちに向けられた噂と、そこから立ち上る悪意のようなもののざわめきが、見事に物語の歯車として動いているのがフォークナーの小説の読みどころだ。
ハイタワーは、ただバンチに聞くだけ。相槌を打つだけ。それにも関わらず、バンチの語りはハイタワーに向けられた言葉の域を超えて、無数の人々の語りがざわめく集合的な言葉の域へといつしか達する。そして、読者たる私たちは、リーナがジェファソンに向かうときに見た火事の煙と、バンチとリーナが話していたときに見えていた火事の煙の向こう側にある物語へと一気に引き寄せられる。
フォークナーを読んでいて、たとえそれが日本語であったとしても、ベースにある不穏な音色のようなものが感じ取れるような文章のうねりを目にすると、類い稀なる声を持ち合わせた作家なのだと思う。
破格である。しかしながら、横光利一がやればモダニズムの文章だと思われるような主語と述語のスケールのズレも、音が組み合わさることで、暗闇での観劇の幕間に流れるコロスのような効果が生み出される。視覚的なイリュージョンと聴覚的な通奏低音。少しずつそれはヨクナパトーファの夢幻世界へと読者を誘う。
あらすじ
ハイタワーとバンチは向かい合わせで座っている。ハイタワーは黙ってバンチの語りを聞く。リーナという女が訪ねてきて、自分はクリスマスとブラウンのことを正直に話してしまったと告白する。ハイタワーは何も知らない。
クリスマスとブラウンは、密造酒の販売をしていた。あるとき、メンフィスの近くでクリスマスとブラウンは、酒を売ってた。ブラウンは調子に乗ってべらべらしゃべってた。それで、クリスマスとブラウンは仲たがいをした。
バンチはリーナをとりあえず自分の下宿へと連れて行った。下宿屋のおかみであるミセス・ビアードはリーナにいろいろ聞きまわる。結局、ミセス・ビアードは自分の部屋に、リーナを泊めることに決める。
そのころ、保安官事務所では、ブラウンがべらべらと自白していた。バンチは、ハイタワーの求めにおうじて、クリスマスが混血であることを隠しながら生きている人物だということを告白する。このことは1930年代のアメリカ南部においてさえ、存在の安全を脅かされる事実であった。
火事を発見した人が、ミス・バーデンの家に入る。するとそこにブラウンが酔いつぶれている。二階へ上がる。ミス・バーデンが首を切られて横たわっている。保安官が来て、消防隊が来た。ミス・バーデンは、自分の死後、財産をどうするかをすでに決めてあった。ミス・バーデンの甥に連絡すると、犯人逮捕に協力した人に1000ドルの賞金を出すという。
ブラウンはその場から逃げていたが、観念して出頭し、クリスマスが犯人だとわめいた。自分に1000ドルをもらう資格があるとも。ブラウンによれば、クリスマスはミス・バーデンとデキていた。いつかクリスマスは、ミス・バーデンを殺すのではないかと思ったとも。そして、例の朝、夜明けごろにクリスマスが出ていくのがみえ、朝7時にはもどってきて「俺はやってしまった」と言い、見に行ったら屋敷の台所が燃えていたという。
保安官は、それは何時の事だと問う。ブラウンは朝8時だという。保安官は火事の通報は11時、屋敷は午後3時になっても燃えていたんだという。お前は、その火を見て、3時間の間何をしていたんだと問われると、ブラウンはひらきなおって、もう俺が犯人でいいよ、と叫ぶ。そして、クリスマスが隠していた秘密を、警察に言ってしまう。ブラウンへの疑惑は完全にクリスマスの方を向く。
警察は、逃亡するクリスマスに追っ手を差し向ける。ブラウンも追っ手に加わる。バンチは、リーナはまだそのことを知らないという。あんたの旦那かもしれない人が、殺人容疑者と一緒に生活をし、犯罪に手を染め、その殺人容疑者の追っ手に加わっているということを。
感想
相変わらず行為連鎖でまとめると、重苦しく煽情的だ。ただ、この通俗的な話の筋が、神話的に聞こえてしまう、というのがフォークナーのすごいところだといえる。そしてまた、バンチはそれを見てたんか?というくらい、バンチの告白から、スルッとブラウンの自白に話がスライドしていくところが、何ともスリリングだ。
この物語に合わせる曲といったらなんだろう。これを書きながら、ドビュッシーのピアノ作品全集を聴いている。奏者はミシェル・ペロフ。たまたまapple music出てきたアルバム。これが、ちょうどよかった。「とだえたセレナード《前奏曲集 第1巻》より」など。
主題については、差別ってなんだろうなあ、というモヤモヤとした気持ちがする、といった月並みな感想しかない。
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